恋人よ、僕は帰ってきた。この騒がしい都会に。
野たれ死ぬのは、やめにした。
なぜなら、僕は結局、梨華ちゃんに会いたくてしょうがなかったから。
探さないでくれとか言ったけど、
本当は探して欲しかった。
梨華ちゃんに会いたい。会いたくてしょうがない。
女々しい奴だな、僕は。
広島から帰る途中、電車の中で、ひどい目にあった。
となりに座ったおっさんが、居眠りしてかっくんかっくんしはじめ、
しまいには僕の方にもたれかかってきた。
僕は寝たふりをして、やりすごそうとした。
しかしそのおっさんはどんどん僕にもたれかかってきた。
最終的には僕はおっさんを膝枕する感じにすらなった。
ここで席を立つのも、薄情というか、卑劣漢に見えるような気がしたので、
僕はおっさんを受け止めることにした。
暖かい愛情で、おっさんを膝枕した。
でも、おっさんを膝枕するというのは、最悪の気分だった。
僕は、おっさんを梨華ちゃんに見立てようと試みた。
梨華ちゃんが、居眠りして僕にもたれかかり、
最終的に膝枕状態になったものだと、思い込もうとした。
しかし無理だった。おっさんはおっさんだった。おっさん臭い。
すごいおっさん臭。僕も結構なおっさん臭を発しているが、
そのおっさんはありえないおっさん臭。
とても梨華ちゃんに見立てることはできなかった。
梨華ちゃんは、きっともっと良い匂いがするはずだ。
梨華ちゃん、たすけて……おっさんが僕にもたれかかってくる……
全体重をかけてもたれかかってくる……重いし痛いよ……
おっさん、マジで重い! 痛い! 勘弁してください。
おっさんが僕に膝枕的にもたれかかるの図、ありえない。
恥ずかしい。でも今さら逃げ出せない。
梨華ちゃん、僕は優しいだろ? こんな優しい奴、見たことあるか?
おっさんを、大きな愛で受け止めてるんだぜ? 普通逃げるだろ?
こんな優しい僕に、惚れてくれよ、梨華ちゃん。
ああ、僕は今、見知らぬおっさんに膝枕してあげてる!
梨華ちゃん、頼む、惚れてくれ!
じゃないと、もう、やってられん!
僕は結局、終点までずっとおっさんを受け止めていた。
おっさんのお陰で、僕の素敵な旅は、最悪の気分で終わりを迎えた。
梨華ちゃん、ただいま。
どうか、僕に惚れてください。