僕の未来、深い溝、素敵な宝石


 ラストは、『ALL FOR ONE & ONE FOR ALL!』。「今からさ 未来をつかもう」という歌詞を聴いたら、今からでも未来がつかめそうな気がした。でもはたして僕には、つかむべき未来なんて存在するんだろうか。存在したとしても、それは良い未来なんだろうか。僕はね、梨華ちゃん無しの未来なんてつかみたくはないよ。梨華ちゃんといっしょの未来がいいな。僕は梨華ちゃんと相思相愛の未来を、この手につかみたいんだ。


 曲の終わりにさしかかると、ハロプロメンバー全員がロの字形のステージを一周した。梨華ちゃんは、色んな方向に首をひねって笑顔を振りまきながら走っていた。僕の目の前にも来てくれた。僕の腕が7メートルくらいの長さだったら、梨華ちゃんに手がとどくのに。でも僕の手は残念ながらそんなに長くはない。じゃあ柵を乗り越えようか。いや、だめだ。柵と花道のあいだには何やら溝があるように見える。僕の席からは溝の深さはわからないけど、とにかく溝があって、それはきっとすごく深いんだろうと思う。落ちたら長いあいだ落下しつづけるんだろうと思う。柵を乗り越えた人は必ずその溝に落ちるような仕組みになってるんだろうと思う。


 僕がそんな死ぬほど深い溝を想像しておびえている間に、梨華ちゃんはじつにさっそうと、腹立たしいほどにさっそうと僕の目の前を通り過ぎて行った。振り返ってもくれなかった。当たり前だけど。僕は梨華ちゃんにとって、石ころみたいな存在で、居てもいなくても同じなんだろう。当たり前だけど。僕がここにいなくても梨華ちゃんはまったく同じ笑顔をふりまくんだろう。当たり前だけど。


 僕は、そうだ、宝石になろう。宝石になれば、梨華ちゃんはきっと通り過ぎたあとも振り返ってくれる。それだけじゃなくて僕のそばに戻ってきてくれる。「この素敵に輝く石ころは何かしら、素敵だわ」なんて言って僕を拾い上げてくれる。そして宝石としての僕は梨華ちゃんのたからものになるんだ。いつも肌身離さず持ち歩いてくれて、ときには話しかけてくれたりもするんだ。
「宝石さん、今日も素敵ね。わたしね、今日は少し嫌なことがあったの。聞いてくれる?」って言ってね。
 梨華ちゃんがいつか誰かと結婚することになったら、結婚式の日に、笑顔で話しかけてくれる。
「わたしの大好きな宝石さん、聞いてくれる? わたしね、今日は、とっても嬉しいことがあるのよ。わたしね、これから、幸せになるの」
 僕は、梨華ちゃんの人生のうちでいちばん素敵な笑顔を見られるんだ。こんなに素敵なことはないよ。