平均的ふっち君の日記。

 「ふっち、ごはんよ」というお母さんの声が聞こえて、目を覚ました。午後の二時すぎだった。その時僕は梨華ちゃんの夢を見ていたんだけど、どんな夢だったか、よく思い出せなかった。梨華ちゃんが居たのだけは確かだった。でも梨華ちゃんとどんなことをしたのかはわからない。思い出そうとすればするほど、その夢の情景は薄らいで、ちりぢりになってしまった。そしてもう二度と思い出せない。そう思ったらとても悲しい気持ちになった。


 それからお昼ご飯を食べた。カレーライスだった。おいしかった。貪欲に食べた。貪欲に生きようとする自分が嫌になった。それを押しとどめられない自分が悔しかった。僕はどうやら長生きをして、誰かに僕の子供を生ませたいらしい。無駄なことをするね。誰も僕の子供なんて産んでくれるわけがないのに。


 それから昨日買った海辺のカフカの続きを読んだ。僕は本を読むのが遅い。おそらく頭が悪いんだろう。基本的に1ページ読むのに1分かかる。ひどい時はそれ以上かかる。
 10ページも読まないうちにだんだん頭が重くなって、ぼんやりして、ぐらぐらしてきた。そしてそのまま眠ってしまった。7時間くらい眠ってちょっと前に起きたばかりなのになんで眠くなるのか。春だからかな。


 午後6時ぐらいに起きて、また海辺のカフカを読んだ。午後7時くらいに、お父さんに声をかけられて仕事の手伝いを頼まれた。文書の校正とか、そんなものを。3時間くらいかけてダラダラとそれをやった。その間に3本くらい煙草を吸った。最近煙草の本数が増えた。一日に一箱は吸う。


 お父さんとお母さんはその間、近所の社交ダンス教室に行っていたらしかった。二人は10時ごろに帰ってきた。手直しした文書をお父さんに渡すと、お父さんは僕に1500円をくれた。そのあと僕はこたつに入ってまた海辺のカフカを読み始めた。となりの部屋ではお父さんとお母さんがダンスについての話を楽しそうにしていた。でもしばらくたつと、お母さんの話がつまらなくてくどかったのだろう、だんだんお父さんはめんどくさそうに「ああ、うん、まあそうだね」とだけ答えるようになった。そんな二人の会話を聞いていたら、少し悲しくなった。僕が梨華ちゃんの旦那さんになったら、どんなにつまらなくてくどい話でもちゃんと聴いてあげるのに、って思った。でも何十年も連れ添ったらそんな情熱とか愛とかいったものは不可避的に薄らいでしまうのかもしれない。不可避的。世の中には不可避的なものごとが多すぎる。不可避的に腹が減って、不可避的に性欲が起こって、不可避的に恋をして、不可避的に恋が冷める。


 お父さんはおばあちゃんの面倒を見るために上尾へ出かけた。お母さんはレストランの仕事をしに出かけた。家には僕とロッキー(犬)しかいなくなった。ロッキーにペティグリーチャムをあげた。ロッキーはペチャペチャとかわいい音をたてて食べた。ロッキーはもう10歳だから、老犬なんだけど、まだまだ元気だ。元気すぎてウザイくらい元気だ。長生きしてほしいと思う。でも長生きすればするほど死んだときに悲しいので、早く死んでほしいとも思う。飼いはじめた時はいつかは死ぬなんて考えなかった。その時僕は中学二年生で登校拒否児で、オナニーとか恋とか自由とか、夢みたいなことばかり考えていたので(今もそうなんだろうけど)、そこまで頭が回らなかった。いつかは死ぬってことがきちんとわかっていれば犬なんて飼わなかった。なんで誰か僕に忠告してくれなかったのだろう。「その犬、いつかは死ぬんですよ」って。


 胸の辺りまでの高さの食器棚の上にお父さんとお母さんの若い頃の写真が飾ってあった。ふたりともこっちが恥ずかしくなるくらいとびっきりの笑顔だった。お父さんが無駄に男前でスラっとしていた。お母さんが無駄に美人で、ぽっちゃりしていた。お母さんの若い頃の写真をまじまじと見ていたら、どこか梨華ちゃんに似ているような気がした。梨華ちゃんの方がはるかにかわいいんだけど、目をへの字にして優しく笑う感じが、不思議に似ていた。他の人がみたら全然そんなことないよって言うかもしれないけど、僕はそう感じた。僕はマザコンなのかもしれない。梨華ちゃんにお母さんの姿を見ていたのかもしれない。ゾッとした。お母さんでオナニーするつもりで、梨華ちゃんでオナニーしていたと思うと、心底ゾッとした。そんなわけはないんだ。梨華ちゃんを好きなのは、一人の女の子として好きなんだ。お母さんとは関係がないんだ。やめだ。このことは忘れよう。二度と考えるのは止そう。気持ち悪い。


 それから、また読書の続きをして、晩御飯を食べて、今、この日記を書いている。これはふっち君の日記だ。これからサッカーの試合をTVで見る。今テレビをつけた。あ、もう始まっている。ロナウジーニョロナウジーニョ。サッカー終わったら、梨華ちゃんでオナニーして、風呂入って、梨華ちゃんでオナニーして、読書して寝よう。ああ、今日も何もできなかった。