梨華ちゃんといっしょ


 今まで24年と11ヶ月生きてきた中で、もっとも素敵な夢を見た。他人の夢の話はつまらないってよく言われるけど、そうとわかっていながら書かずにはいられないほど素敵な夢だった。


 梨華ちゃんと二人きりの夢。僕の部屋に梨華ちゃんが居て、スパゲティーをつくってくれた。僕はそれを食べて、「梨華ちゃんは料理がヘタだなあ」なんて言って軽く馬鹿にした。それに対して梨華ちゃんは、「もう、なによぉ、そんなこと言うんなら、金輪際つくってあげないゾ♪」ってプンプンした感じで答える。本当には怒っていない。それは愛情のあるプンプン。僕と梨華ちゃんはとても自然に会話をした。まるで何年も付き合って倦怠期を乗り越えたカップルのように。夢の中の僕はそれに対していっさい疑問を抱くことはなかった。なんでだろう、不思議だ。
 もしかしたら夢と現実はパラレルに進行しているのかもしれない。夢の中の僕は僕であるけれども僕ではなくて、それは別の世界に生きる僕で、そこでの僕は本当に梨華ちゃんと付き合っていて、倦怠期を乗り越えて、軽口を叩き合うような自然な関係を築き上げているのかもしれない。


 その後、場面は切り替わり、たぶん食事を終えて眠くなったんだろう、僕はベッドに横になっていた。夢の中でベッドに横になるっていうのも変な話だけども。どんだけ寝るのが好きなんだって話だけども。でも夢と現実がパラレルならばそんなに変な話ではない。夢の中の僕はある意味、独立して生きているのだから、飯も食うし糞もするし睡眠もとる。おかしくない。現実と夢は時間も空間もすべて同じレベルで存在しているんだ。ただその世界が、現実の世界とは全く異なる場所で進行しているだけなんだ。でもどこかで、その世界はつながっていて相互に作用をおよぼしている。


 僕はふとんをかぶらずに、ベッドの上で寝ていた。壁際にそのベッドは置いてあり、僕は壁の方を向いて目を閉じていた。そうしたら、梨華ちゃんが音もなくやってきて、ベッドに上がり、僕のとなりに横になった。梨華ちゃんの息遣いを首筋に感じた。生暖かい息。梨華ちゃんは何もしゃべらない。僕の背中越しに手を伸ばしてきて、僕の手を握った。いや、握ったというよりも、手を優しく包み込んだといった方が近い。何かハムスターなどの壊れやすい小動物を触る時のように、やわらかにゆっくり僕の手をなでた。梨華ちゃんは一言もしゃべらない。ただ僕の手をなでてくれる。梨華ちゃんのおてては、とても小さくてとてもやわらかくてとてもなめらかで、すこし熱を帯びていた。


 そう言えば昨日、現実の世界で、駅の階段を下りるとき、僕は前を歩いていた女の子の手を見つめていた。梨華ちゃんと同じくらいの年で同じくらいの背丈の女の子。その子の手はすごく小さくてなめらかだった。僕と同じ人間とは到底信じられないくらいに。梨華ちゃんの手は小さいっていうから、その女の子の手に梨華ちゃんの手を重ねて見ていた。


 それから梨華ちゃんは、おもむろに脚をからませてきた。梨華ちゃんの脚はおどろくほど綺麗でほっそりしていた。そしてなぜか白かった。そういえば手も白い。夢の世界で生きている梨華ちゃんは色白なのかもしれない。夢の世界では、全てのものごとが理想的な形をとっているのかもしれない。それは梨華ちゃんが色白になりたいと願っているからかもしれないし、僕が色白であって欲しいと願っているからかもしれない。僕は梨華ちゃんは色黒でも好き、というか色黒だから好きだって思っているんだけど、僕の手の届かない心の底では色白であってほしいと思っているのかもしれない。


 梨華ちゃんの小さな手に包まれて、梨華ちゃんの脚と触れ合って、梨華ちゃんの息遣いとおっぱいを背中に感じて、僕はこのうえなく安心した気持ちになった。とても幸せだった。ずっとこうしていたいと思った。しばらくすると、梨華ちゃんの手は子供のころに僕の手を優しく包んでくれたお母さんの手になった。やがて何の予告も前兆もなしにその夢はうすらいで消えた。夢の世界でも永遠というものは存在しないらしかった。やはりそこでも時はとどめようもなく流れているようだった。僕は目を覚まして、現実の世界にもどってきたんだけど、また夢の世界に行って梨華ちゃんと一緒にいたいと思って再び眠った。でも梨華ちゃんは現れなかった。


 夢の世界も現実の世界も何がどうなってるのかよくわからない。何が正しくて何が間違っているのかもわからない。だけどどちらかと言えば夢の世界の方が好きだ。そこに生きているときの方が僕は幸せだ。梨華ちゃんと一緒にいられるんだもの。


 ああ、また明日がくる。いや、もう来ている。いやだよう、いやだよう。子供みたいなだだをこねてごめんね。でもこねる。こねこねするし、じたばたする。いやだよう、いやだよう。そうそう、梨華ちゃん、元気になってよかったね。はあ、酒を飲みたい。もう飲んでるけど、もっと飲みたい。死ぬまで飲みたい。