わっしょい


 戸山公園にいることができなくなったので、みんなでわっしょいに向かった。その途中で、ある女の子と話をした。彼氏と一緒に来ていた子なんだけど、その子は僕のことをタナピーと呼んだ。僕は田中君だからタナピーと呼ぶことにしたらしいんだ。親しげに話しかけてくるちょっとかわいいその子に、僕は正直胸キュンしてしまった。軽く恋をしてしまった。彼氏持ちなのを知っていながら。明日誕生日だということを言ったら、おめでとうと言われた。25になるんだけど、童貞なんですよ、って言ったら、押し黙ってしまった。笑いもしなかったし、同情もされなかった。そういうものなんだなあ。25で童貞って、あんまりおもしろくないんだね。そんなこと言うべきじゃなかったのかな。


 わっしょいについて、糞まずいビールを飲んだ。12時をすぎたときに、「今日僕の誕生日なんですよ」って言ったら、みんなにおめでとうと言われた。そして「25なのに童貞なんですよ」って言ったら、「まあそれはそれだよね」みたいなことを言われた。誰もクスリともしなかった。そういうものなんだなあ。


 タナピーと呼んでくれた女の子は、上着を毛布がわりにして横になっていた。彼氏の人が彼女のとなりでなにやら小声で話しかけていた。たぶん「大丈夫かい、この後どうする」的なことを言っていたんだろうと思う。ねえ僕はタナピーなんだけどさ。君はやっぱり彼氏が好きなんだね。


 その彼氏彼女は、午前4時ごろに帰った。仲むつまじく。女の子は僕のことをちらとも見なかった。ねえ僕はさあ、君にちょっと恋をしたのに。タナピーなんだよ僕はさ。このあだ名、結構気に入ったんだ。もう二度とこのあだ名で呼んでくれる人は現れないだろうと思うよ。タナピーというあだ名は、宙ぶらりんになって行き場をなくしてしまった。


 別にいいんだ、僕は梨華ちゃんが好きなんだし。って思ったけど、なぜか切なくなった。結局梨華ちゃんも、あんなふうに他の誰かと仲むつまじくわっしょいの閉店前に帰るんだろうと思った。梨華ちゃんも僕のことをタナピーと呼ぶんじゃないかと思った。僕は、タナピーでしかないんだ。それ以上でも、それ以下でもない。単なるタナピー。こんなに切ないあだ名はないと思った。