ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

握手


 2階に居た人から握手。握手は2階でやるらしい。僕は一階の最前の端っこに居たので、順番がまわってくるまで結構時間があった。そのときに至っても梨華ちゃんに何を言うか確かには決まっていなかった。「梨華ちゃんがんばってね」と言うつもりではいたんだけど、ark君が、「それはあんまりよくない」みたいなことを言うので、別のセリフを考えようと思った。でも「梨華ちゃんがんばりんぐ」しか良いのが思いつかなかった。ark君は、「がんば梨華ちゃんでいいじゃないですか」と言ったけど、それはあんまりしっくり来ないと感じた。やっぱり「がんばりんぐ」で行くしかないと思った。


 客がどんどん流れ、僕らは2階に上がり、もうすぐ梨華ちゃんと握手というところまで来た。僕はいまだかつてないほどテンパった。「テンパりんぐ」「テンパりんぐ」と何度も言った。そもそもが酔っていた。世界の輪郭が不確かだった。だから「がんばりんぐ」などという気違いめいたセリフしか思いつかなかったのだし、「テンパりんぐ」という単語を馬鹿みたいに繰り返したんだろう。


 ホールを出て二階の階段の踊り場に足を踏み入れると、そこに梨華ちゃんみーよゆいやんが、普通に居た。いらしった。直前になって、「梨華ちゃんがんばりんぐ」はやはりやめようと思った。無難に「梨華ちゃんがんばってね」と言おうと思った。でも「がんばりんぐ」という奇妙な言葉は僕の脳内を駆けずりまわっていた。心の準備がまったくできないまま、梨華ちゃんが不可避的に迫ってくる。迫っていったのは僕だけど、梨華ちゃんが迫って来るように感じられた。「がんばりんぐ」「がんばってね」「がんばりんぐ」「がんばってね」僕の前にいるark君の声がひどく遠くから聞こえる。「ごっちんが・・・飲みに・・・」ふと気が付くと梨華ちゃんが目の前にいる。梨華ちゃんの左隣にいる黒服の男が目に入る。梨華ちゃんがark君の方に顔を向けてきょとんとしている。僕はその斜め42度の横顔を見つめる。僕は梨華ちゃんが手をこちらに差し出すのを見る。僕は両手をさしだし、梨華ちゃんの手を包みこむ。少し冷たい。梨華ちゃんの顔を見る。梨華ちゃんは目を伏せている。僕は「がんばりんぐ」を脳内から追放して、「梨華ちゃんがんばってね」と言おうとする。でもここにきて「梨華ちゃん」と呼ぶことに抵抗を感じる。テラ恥ずかしい。「梨華ちゃん」は抜きにして「がんばってね」だけにしようと決める。僕はかなり酔っている。そしてテンパっている。声を出す。「がんばってね」、低音の、ひたすらくぐもった声が発せられた。梨華ちゃんは僕の目をみない。なぜかもっと下のほうを見ている。手を見ているのかもしれないし、僕のTシャツのニコちゃんマークを見ているのかもしれない。僕の声を聞き取った様子もなく、何もしゃべらない。笑顔もない。無表情でただ俯いている。黒服の男の刺すような視線を感じる。僕は梨華ちゃんの顔を見ている。梨華ちゃんは僕の顔を経由することなく右を向いて次の客を見る。梨華ちゃんの手が僕の手からするりと抜ける。すると目の前にみーよがいる。みーよの顔を見る。みーよは素敵な笑顔で僕を見つめる。僕は握手をし、腰を引きながら、「どうも、どうも」という声を出す。みーよの笑顔がひきつる。目の前にゆいやんがいる。ゆいやんも僕の目を見る。僕は恥ずかしくなって目を逸らす。逸らした先には岡パイがある。岡パイを凝視しながらハンドをシェイクし、「おつかれさまです」と消え入りそうな声で言う。すべての握手が終わる。