ベランダ


 僕はトイレを出て、ベランダに行き、洗濯物を干し始めた。洗濯物を干すのが、僕の仕事の一つなのだ。兄がまたやってきたら、洗濯物を干すのに忙しいと言って追い返すつもりだった。そうして、やっぱり兄はまた来た。競歩選手顔負けの早歩きで来た。バットで頭蓋骨を叩くような恐ろしい足音がした。その音はベランダまで聞こえてきた。ガンガンガンガン。兄はキレていた。兄の堪忍袋の緒はとても綺麗な切断面を見せていた。洗濯物を干すのを中止し、きれいだな、と思ってその切断面に見とれていたら、兄は「お前いい加減にしろや」と、関東人なのに関西弁で怒鳴り、僕の腹部に膝蹴りをいれてきた。僕は突然の暴力に驚いた。洗濯物がどうのなんて、言える余裕はなかった。続いて今度はボディーブローが炸裂した。顔はまずいと思ったのだろうか。それとも最低限の配慮だろうか。ボディーを狙うのが、兄なりの愛情表現なのだろうか。僕はベランダの端まで追い詰められ、落ちそうになった。兄は僕に対して説教を始めた。


 要約すると、「お前のニート的な生活が気に食わない。グダグダしやがって。お前は甘いんだよ。甘えてんだよ。逃げてんだ。色んな事から。今のお前は救いようの無い最低のダメ人間だ。働け。さもないと殴る」ということだった。正直、一理あると思った。というか、兄が全面的に正しいように思われた。だから反論できなかった。というか僕は泣きそうだった。恥ずかしながら25にもなって半泣きだった。この年になって暴力に怯えることがあるとは思わなかった。暴力に訴える人間には、まさかもう出会わないだろうと思っていたんだ。しかしこんな身近にいた。灯台下暗しだった。


 兄の言ってることは大方正しかったけれど、暴力に屈するのはとてもじゃないけど納得がいかなかった。だから僕は兄がまた店に戻った後も、命令を無視して洗濯物を干し続けた。干し終わって、また新聞を読んだ。内容は、やはり殆ど頭を素通りしていった。自公が3分の2議席を占めたということだけはわかった。