ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

ごきげんよう

 素晴らしくもない、かと言って悲惨でもない、可もなく不可もない夢を見た。時計を見る。10時半。まだ少し眠かったけど、ふたたび眠りにつきたいと思うほど眠くはなかった。だけど起き上がって何かをするという気にもなれなかった。梨華ちゃんの写真集を、枕の下からひっぱり出して、僕のとなりに寝かした。梨華ちゃん、好きだよ。そう言って抱きしめて、世界中の誰よりも優しくキスをする。僕はベッドの中で、キスをしたり、抱きしめたり、なでたり、好きだよってつぶやいたりして、1時間くらいを少しだけ幸せにすごした。11時半。読み終わった本を、図書館に返しに行こうと思った。午後1時から『ごきげんよう』が始まるから、それに間にあうように帰ってこよう。いまから準備して家を出れば、ちょうどいい感じだ。僕は梨華ちゃんに、「梨華ちゃん、行ってくるね。すぐに帰ってくるからね」と言って、服を着がえて家を出た。

 外は雨がふっていて、僕は傘をさして歩いた。雨のことは、正直なところ、うざったいなあと思ったけど、雨のことを嫌うのは良くないことだとも思った。雨がなかったら、世界中の誰もが生きていけないんだ。例外はあるかもしれないけど、生き物は、雨がなければ生きていけない。僕はむしろ、雨に感謝するべきなんだ。雨のおかげで梨華ちゃんを好きでいられるんだ。僕は傘なんかさすべきじゃない。雨に対して失礼じゃないか。傘をさすということは、雨を拒絶するということじゃないのか? 僕は傘を投げ捨てて、雨を受け入れ、雨にひざまずかなければならない。でも僕は、そうは思ったけど、結局そんなことは実行せず、感謝の気持ちも特には抱かず、ただうざったいなあと思いながら歩いた。はやく止めばいいのに。

 図書館についた。4冊の本を返して、人のまばらな館内をふらふら歩いた。一歩ごとに、きゅっきゅっていう大きな音が響いた。そういう変な音を出しているのは、世界中で僕だけだったから、僕は恥ずかしくなった。靴が悪いのだと考えて、僕は靴を憎んだ。僕の靴は、いますぐゴミ箱に捨てられてしまえ。変な音をだしやがって。僕に恥をかかせた。捨てられ、そして燃やされてしまえ。でもそれから、やっぱり靴は悪くないと思いなおした。悪いのは雨だと思った。雨が靴を濡らして、それで摩擦がおかしなことになり、変な音が出ているんだ。靴はむしろ被害者だ。悪いのは雨だ。僕は雨のことを、心の底から憎むことにした。僕は雨に対する燃えるような憎しみを抱きながら、児童書のコーナーを歩いた。キュッキュッ、きゅっきゅっ。

ロビンソン・クルーソー (岩波少年文庫)

ロビンソン・クルーソー (岩波少年文庫)

 僕はロビンソン・クルーソーになんとなく惹かれて、それを手にとってすこし読んでみた。1ページ読んだだけで、胸がわくわくしてきた。僕は、胸をわくわくさせるものが大好きなので、それを借りることにした。そのうち僕が路頭に迷ったとき、ロビンソンのサバイバル術が役に立つかもしれない、とも思った。僕は自慢じゃないけど、きわめて高い確率で、路頭にまようと思う。

 家につくと、ちょうど1時前だった。もうすぐ『ごきげんよう』が始まる。梨華ちゃんがテレビ画面に映し出されようとしている。梨華ちゃん専用のビデオテープをデッキにいれて、録画ボタンを押した。するとタイミング悪く、ママが昼ごはんを持ってきた。ごはんを食べながら梨華ちゃんを見るのは、なんとなく嫌だったので、ご飯を先に食べてから、録画したものを見ようと考えた。1、ごはんを食べる。2、ビデオでごきげんようを見る。僕はテレビを消して、ごはんを食べ始めた。ビデオデッキが、低いうなり声を上げて録画をしている。1時をすぎた。いま梨華ちゃんは、この画面の向こうで華やかに笑っているのだろうな。そう思ったら、胸が苦しくなって、ごはんが喉をうまく通らなくなった。梨華ちゃん。苦しいよ、梨華ちゃん。ふいに、ロバが突進してくるかのような、そんな足音が聞こえたかと思うと、ママが部屋の戸を開けて叫んだ。
 「りなちゃんが出てるわよ、8ちゃん、ごきげんように! ねえほら、テレビつけてみなさいよ。りなちゃんが出てるから」
 「え、そうなの?」
 「そうよ、出てるのよ。ほら、出てる!」
 「あ、ほんとだ」
 「かわいらしいわねえ。あなた知らなかったの? ファンのくせに。いやあ、かわいらしい子が出てるなあって思ったのよ。それで、よく見てみたらりなちゃんだったの。りなちゃんは髪を切ったのね。短くってかわいらしいわね」
 「うん」
 ママが部屋から出て行った。僕はテレビに映った梨華ちゃんを眺めながら思う。かわいいな。かわいいな。上品で、おしとやかで、清潔で、かわいくて、美人で、かわいくて、優しそうな目をしていて、梨華ちゃん・・・。僕は細長いため息をつき、またテレビを消した。ビデオの低いうなり声を聞きながら、ごはんの残りを食べた。ちょうど1時半に食べ終わって、食器を台所に持っていって丁寧に洗った。台所から自分の部屋に向かう途中、ママに出会った。ママはニヤニヤ笑いながら言った。
 「ねえ、かわいかったねえ。りなちゃん、明日とあさっても出るみたいよ。ねえ、うれしい? うれしいんでしょ?」
 「へえ、そうなの。うん、うれしいよ」
 「りなちゃんは、少しぽっちゃりしたような気がするけど。ぽっちゃりしてない?」
 「うん、そうかもしれない」
 ぽっちゃりかちゃん、と僕は思った。それはそれでかわいい。部屋に戻ってきて、テレビの前に体育座りをする。ビデオが録画を続けていることに気づいて、停止ボタンを押した。うなり声が止まる。梨華ちゃん、そうか、明日もあさっても出るんだね。うれしいな。とってもうれしみだよ。