僕は今日、子守りおじさんになった。午後の6時、兄夫婦は僕に子供を放り投げた。僕はそれをキャッチした。キャッチしないわけにはいかなかった。これすなわち怵愓惻陰の心である。姪はさっそく暴れ出した。僕はこの暴れを鎮めようと、テレビをつけた。アニメがやっていた。きらりん☆レボリューションだった。なーさんが現れて、お茶目な動きを披露すると、姪はそれに釘付けになった。なーさんって、よく見ると不細工な顔をしている。小動物として生まれたからよかったけど、人間として生まれてたら大変なことになったのではないか。たぶん一生童貞だぞ。僕みたいに。きらりちゃんが、ぶりっこアイドルいずみちゃんにいじめられた。きらりちゃんは笑顔を絶やさなかったが、いやがらせはどんどん悪質になっていき、ついには小麦粉をぶっかけられた。公園でひとり体をはたいていると、突然ヒロト君があらわれた。ヒロトは顔をゆがませながらクネクネおどり、「人に優しくしてもらえないんだね、僕が言ってやる、がんばれって言ってやる」と歌った。というのは嘘で、ヒロト君はいま流行りのツンデレの体でもってなぐさめた。きらりちゃんは、感きわまってヒロトに抱きついてしまった。僕はそのとき、きらりちゃんと梨華ちゃんをだぶらせてしまい、胸をかきむしらんばかりの気持ちになった。ヒロトが憎い。でもヒロトを憎んだところでこの気持ちが安らぐわけでもなく、そうであれば憎しみという感情はどうして存在するのだろうと考え始めた。するとフライデーのカメラマンが現れ、ヒロトときらりちゃんといずみちゃんの乱痴気騒ぎを激写し、ろくでもないことになった。でもヒロトが自己犠牲の精神を発揮して、一応は事態を収拾した。きらりちゃんはヒロトの自己犠牲によってすくわれ、ますますヒロトのことが好きになったらしく、言葉もなくただ瞳を潤ませてヒロト君を見つめていた。僕はふたたびきらりちゃんに梨華ちゃんをだぶらせてしまって、くずれ落ちそうになったが、ヒロトと僕を同一視することに成功し、なんとか精神の崩壊をくいとめることができた。そのあとロンブーのクイズ番組が始まった。きらりちゃんこと小春ちゃんが出てきた。すらっとしてて可愛かった。前半は賢かったが、後半は頭の悪さを露呈した。ただ、僕よりは頭がいいことに疑いの余地はなかった。僕は一問も正解できなかったのだ。それから姪はアンパンマンが見たいと言い出した。僕がすげなく断ると、姪は暴力にうったえた。破壊活動をおっぱじめた。扇風機をなぐりつけ、PS2をふみしだき、食器はぜんぶ逆さまにした。破壊活動が梨華ちゃんグッズにまでおよびそうになって、ついに僕は折れた。わかったよ、しょうがない、アンパンマンを見ようじゃないか。めんどくさいけど借りにいこうじゃないか。僕は姪と手をつないで歩いた。女の子と手をつなぐのは久しぶりである。梨華ちゃんとつないで以来かもしれない。梨華ちゃんの手の感触と体温を思い出して、ドキがむねむねした。「あー、むねむねするなあ」とつぶやいたら、姪がオウム返しに、「むねむねするなあ」と言った。ビデオ屋は歩いてすぐなんだけど、姪の歩みが遅いために、いつもより長い時間がかかった。やっとのことで到着して、アンパンマンを探し当てる。僕はかねてよりクレヨンしんちゃんの戦国時代のやつを見たいと思っていたので、「しんちゃんも借りようよ」と提案した。でも姪はしんちゃんが嫌いらしく、いつもは「お尻ぶりぶり〜」とか言ってアホみたいにダンスしてるのに、どういうわけか今日は嫌いらしく、断固しんちゃんを拒否した。僕が食い下がると、また暴力にうったえた。厳密には暴力ではないが、広義の暴力である。大声を出した。まるで雷が落ちたかのような強大な奇声である。雷音はビデオ屋にくまなくひびきわたった。僕はおどろきすくみあがった。そしてまたしても暴力にくっすることになった。しんちゃんをあきらめた。かわりにドラえもんはどうかと尋ねた。リメイク版のび太の恐竜。「まあ別にいいんじゃない」ということだったので、アンパンマンとドラえもんを借りた。帰り道、物陰から光が閃いて、何事かと思うと、人間が飛び出してきた。カメラを手にしている。「フライデーのものですが」
「フライデーのものが、僕に何か用ですか」
「その子供ですけど。誰ですか。隠し子ですよね」
「隠し子? 冗談じゃない、子作りなんか、したことがないよ。これはただの姪っ子だよ」
「しらばっくれないでください。白状したらどうですか。その子供は、石川さんとの間にできた子供ですよね」
「ちょっと待ってくれよ。どうしてそうなるんだよ。んなわけないだろ。そうだったら嬉しいけどね。残念ながらただの姪っ子だよ」
「なるほど常套手段ですね。だまされませんよ。『それは隠し子か』って訊かれたときに、『ちがうこれはただの姪っ子だ』と言ってごまかす人、よくいるんですよ。だてにフライデー長年やってません。その手には乗りません。だいたい、あなたのお兄さんとその嫁のこと、私よく知ってますけど、あの二人からそんな可愛い子が生まれるわけがないです。よくよく見れば石川さんの面影があるような気がするし、隠し子ですよね」
「だから違うってば。いいかげん温厚な僕も怒るよ。僕を杉浦の太陽みたいな下衆野郎と一緒にしないでもらいたいね。中出しなんかしてないし、外出しだってしてない。そもそもセックスをしたことがない。堂々たる童貞だよ。堂々とするようなもんでもないだろうけどね。確かにこの子は兄夫婦から生まれたにしては可愛すぎるところがある。でもそんなのはいくらでも説明がつけられる。突然変異とか、実は兄の子種じゃなかったとか、いろいろね。とにかく僕の隠し子なんかではない。あいまいな根拠でもって人を傷つけ追い込むようなことはやめたまえ」
「根拠はあいまいかもしれません。でもそれはあなたが巧妙な偽装工作をほどこしているからです。あなたが隠すから、あいまいになるんです。だまされません。私の直感が、その子は隠し子だと告げています。だてに長年フライデーやってません」
「そいつは尊敬すべき直感だね。ねえ君、梨華ちゃんは妊娠していた時期があるか。ないだろう。いつだってスリムな体をしているじゃないか。おなかを膨らましていたことなんか、ないじゃないか。直感よりさきにその目ん玉を使用したまえ」
「そのくらいのことは、僕だって考えましたよ。たしかに石川さんの体型は変わらなかった。生理もちゃんと来ているようだ。けれどね、あなた知ってますか。知ってますよね。今は代理母出産というものがあるんですよ。流行ってますよね。あなたもその流れに乗ったのではないかと、私は考えているのです」
「やれやれ。君には、ほとほとあきれたよ。ああいえばこういうね。カメラマンやめてさ、政治家でもめざしたほうがいいんじゃないの。フライデーの愛読者が投票してくれるだろうよ。そんな人間がいればの話だけどね。さあもう話すことはない。帰ってくれ」
田中さん、逃げるんですか。やましいから逃げるんですね。という声が追ってきたが、無視して歩いた。あいつらは、いったい何なのか。隠し子がいることがわかったとして、それで誰が喜ぶというのか。きっと誰も喜ばない。人を傷つけ不幸にするだけだ。他人の不幸が自分の幸せだという人もいるかもしれない。だとしても、幸せになる方法は他にいくらでもあるはずだ。すると姪が、おしっこをしたいと言い出した。「もれそう」「ちょっと待って、がまんして」姪と僕は走った。「もれる」「もらすな」「もれる」「だからもらすなって」「もれた」「ちょっと!」「もれちゃった」「ちょっとおおお!」