ベッド・イン


 このように、イルカさんがいます。


 イルカさんに梨華ちゃんのタオルを被せます。


 そしてこのように、梨華ちゃんといっしょに横になります。
 僕は梨華ちゃんに語りかけます。
 「今日のお昼ごはんは何を食べたの? あらーそうなの。おいしかった? それはよかった。へへへ。今日の仕事はどんな感じだったの? そっかー、大変だねえ。なに、そんなことがあったの。なんだよそいつは、許せないな、ふざけやがって。ねー僕もそう思うよ。そいつは頭がどうかしてるよ。梨華ちゃんが正しい。梨華ちゃんは何も間違ってない。ほんとだよ、なんで梨華ちゃんみたいに、真面目にやってる人が馬鹿を見なきゃいけないのかね。世の中おかしいと思うよ。やったもん勝ちみたいな世界はおかしいんだって。梨華ちゃんは何も、悪いことしてないのにね。いろんなこと我慢してさあ、一生懸命やっててさあ、それなのに、まさにそのことで文句いわれたりしてね。ひどい話だよ。悪いのはあいつらの方じゃないか。くやしいよ僕は。梨華ちゃんのために何をしてやれるだろうって思うけど、何もできなくて、くやしいよ。そっか、そうだね、こんな話はもうやめよう。気持ちが不愉快になっちゃうだけだよね。何か楽しいことを考えよう。そうだなあ、将来のことでも考えようか。梨華ちゃんはこのまえ言ってたけど、子供が3人欲しいんだってね。なるほどなあ。3人はいいよね。梨華ちゃんは3人姉妹ということだけど、僕も実は3人なんだ。姉妹ではないけど。男ばっかりでさ、むさ苦しかったけど、まあ2人や1人よりはよかったかな、寂しくなくて。4人だとちょっと多すぎる気がするよね。ひとりひとり十分に愛せる人数って、3人が限界かなって思うよ。それでさあ、やっぱり3人ということで、そっかー3人か。僕はさ、一姫二太郎がいいかなって思うんだけど。梨華ちゃんはどう思う? 最初は女の子にしようよ。あはは、ごめん、そうか。男か女かというのは、選べないのか、なるほどね。上手く出来ているよね、自然というやつはさ。それでさ、3人となると、梨華ちゃんは今22だから、そろそろ一人目を作らないといけないような感じだよね。わかんないけど。まあ早いに越したことはないと思う。高齢出産はちょっと危ないから。一姫二太郎で、一人目は23か4に産むのがいいんじゃないかな。2人目は27歳くらいに作って、3人目は年子でもいいと思う。一人目は幼稚園行くし、育児にもなれてくるだろうから。わかんないけど。僕はめっちゃ育児手伝おうと思ってるよ。むしろ僕が中心になって育てていこうくらいの気持ちでいるんだ。ジョン・レノンみたいになるよ。僕も母乳が出ればいいんだけど、いかんせん男だから出ないよ。母乳は梨華ちゃんに任せようと思うよ。いいかな、任せちゃって。だめって、だめって言われても困っちゃうなあ。だって僕は母乳が出ないんだって。ああなるほど、粉ミルクで育てる的なこと? そんなのってどうなの。よくわかんないけど。駄目なんじゃないの。たぶん良くないと思う。だから梨華ちゃんがそれはちゃんとやってほしいよ。ねえお願い。飲ませてあげて、しっかりと。それでさ、もしよかったらなんだけど、嫌だったらいいんだけど、もし母乳があまったら、僕も飲んで良いかな。いや、いいんだ、余ったらでいいんだよ。赤ちゃんのものを横取りしようなんて気はさらさらないんだ。ただ余ったら、ちょっと飲ませてほしいなあなんて思ったりするの。駄目かなあ。駄目なら別にいいんだけど。無理にとは言わないよ。もし気が向いたらでいいよ。ごめんね変なこと言って。でも僕だけじゃないよ、こういう事いうの。男はみんな、好きな人の母乳を飲みたいと思うものなんだよ。たぶんね。それでマイカーの話なんだけど、どうしようかな、マイカーについては。僕はドライブマイカーしたくても、出来ないんだよね今のところ。免許がないから。そして将来的にもずっとドライブマイカーできないかもしれないよ。あのね何でかっていうと、薬を飲んでると車運転しちゃいけないみたいなんだよね。書いてあるんだ袋に、運転はおやめくださいって。あなたは頭がぼんやりするかもしれないので、危ないですっていうことらしいよ。じゃあ薬飲まなきゃいいじゃんって話になるけど、難しいなあそれは。だって薬を飲まなければ不安で不安でしかたがないんだよ。なんでこんなに不安になるのかな。怖くてしょうがないよ。たぶん梨華ちゃんが好きだからかな。私はあなたのものよって梨華ちゃんは言ってくれるけどさ、そうだね、あなただけの石川梨華ですって言ってくれるね。嬉しいよ、だけどさ、その言葉を完全に信じることができないんだ。周りの恋人たちを見てると、自分の言葉に誠実ではない人が沢山いるから、梨華ちゃんもそうなのかもしれないって思ってしまうんだ。ごめんね。そう思いたくなんかないけど、そう思ってしまうんだからしょうがない。梨華ちゃんに見捨てられたら、僕はどうしたらいいかわかんないよ。梨華ちゃんのいない世界なんてとても耐えられないよ。死ぬしかないんだよ。それでさ、それとは別に、車を運転できない理由があるんだ。交差点とかで右折ができないんだよ。あんなものできるもんか。タイミングが難しすぎるし、こわいじゃないか。勇気がないんだ。後ろの車は僕に早く曲がれって言うけど、そのことによっていっそう曲がれなくなる。申し訳ない気持ちでいっぱいになって、頭がぐるぐるまわって、わけがわかんなくなるんだ。一生右折できない。確かにそうだね、曲がってもいいよっていう矢印が出るけど、赤なのになんで進んでいいのかがよくわかんないよ。赤は止まれじゃないか。意味がわかんないよ。何あの矢印。知らないよそんな矢印。信用できないよ。あんな頼りない矢印なんかより僕はれっきとした赤信号の方を信じるね。そんな博打はできないよ。事故したら大変だよ。梨華ちゃんの命を預っているんだ僕は。下手な真似はできない。梨華ちゃんが死んだら、僕はどうしたらいいかわからない。生きる意味がなくなってしまう。死ぬしかないんだ。ああなんだか苦しい。怖いじゃないか。君には見えるかい。恐怖の大王がやってきたよ。いまさら降りてきたんだ。非常に重いじゃないか。遅ればせながらって言って、恐怖をたくさん携えてきたよって言って、僕の上に着地をしたんだ。君には見えないのか。ここにいるじゃないか。ああこいつは何やら黒い袋の中から何やらを取り出そうとしている。何を取り出すつもりなんだろう。どんな恐怖を僕にプレゼントするのだろう。うねうねした毛虫みたいなものが出てきたぞ。なんだこれは。これが恐怖なのか。入ってくる。僕の中に入ってくるじゃないか。やめてほしいなあ。わあ色んな穴から入ってくるよ。うぐぐ、助けて。恐怖が僕の中で大きくなっていくじゃないか。右折どころか、左折すら恐ろしいような気がしてきた。左折なんかしたら人を巻き込むにきまっているんだ。人殺し、人殺しってみんなが僕を糾弾するんだ。リンチだ、リンチだ、僕は袋叩きにされるだろう。人を殺したんだ。当然殺されるべきだってみんな言うんだ。でも僕は殺すつもりはなかった。たまたまそこに人が歩いていたんだ。後ろの車があおってくるからこんなことになったんじゃないか。僕は怖かったんだ。そいつはずっと僕のすぐ後ろにいて、それがとても嫌だったから曲がりたくないのに曲がったんだよ。そして梨華ちゃんは僕を見捨てるのかい。愛想をつかすんだね。人殺しだからって言ってさ。でも梨華ちゃんは言ったじゃないか、私はずっとあなたのものだって言ったじゃないか、それなのに簡単に一つの過ちを犯したくらいで僕から離れていってしまうんだね。いってしまうの? いかないで、僕をひとりにしないでよ、ずっと一緒だって言ったじゃないか、僕は、どうしたらいいか、君とは違って簡単に気持ちを変えることができないんだよ、一生変えるつもりはないんだ、一生君だけだよ。梨華ちゃん、どこにも行かないで。抱きしめていいかい、梨華ちゃん。ぎゅってしていいかい。あはあ、これはすごいぞ。安心だなあ。やわらかいなあ。肌触りがいいなあ。気持ちいいなあ。梨華ちゃん、好き好き好き。好きだよー。こうしていると、とても幸せだなあ。全然不安じゃないよ。あれおかしいな、さっきまでの恐怖は何だったんだろう。何であんなに不安だったんだろう。何をそんなに恐れていたんだろう。恐怖の大王はどこに行ったんだ? 毛虫みたいなのは? まあいいや。ずっとこうしていられたらいいなあ。僕ら2人とも永遠に生きられたらいいよね。そう思わない? 僕はそう思う。老いることもなく、病むこともなく、梨華ちゃんと2人でずっと抱き合っていられたらいいんだけどなあ。でもこうしていると、あながち夢物語でもないっていう気がしてくるよ。ぜんぜん余裕で信じられるんだ。赤信号なんかよりもっとずっと確かなことのように思えるよ。そうだよ、僕らは永遠に生きるんだ。至上の幸福を感じたまま、世界が終わってもずっと。さあ目を閉じて。キスをしてあげるよ。だから梨華ちゃん、言ってるじゃないか、目を閉じてって。キスをするんだから。どうして閉じないの? もう、参っちゃうなあ。しょうがないから僕が目を閉じるよ。そうしたら同じことだもんね。梨華ちゃん、僕は君のことが好きだよ、永遠に」