『歌ドキッ!』が始まった。録画ボタンを押す。梨華ちゃんが、高山厳なる声のいいギターおっさんといっしょに『花嫁』っていう古い歌を唄いはじめる。壮烈なる愛しあいの結果、わたしは彼のところへ嫁いでゆくの、何もかも捨てて。というような歌詞を天使のような優しい儚い歌声でうたう。僕は「梨華ちゃん嫁いでいかないで! どこにも、世界のどこにも嫁いだりしないで!」と、天をつらぬき雷雲を呼びよせるほどの叫び声をあげると、続いて魔の世界の言葉をつぶやきはじめた。「梨華ちゃんは僕のことを好きになれ〜。悪魔よ我に力を。エロイムエッサイム。梨華ちゃんは僕を好きになる。梨華ちゃんは僕みたいなロクデナシのもとに嫁いでしまうことになる。むむむ〜、喝っ!!!」
歌ドキが終わった。僕は、梨華ちゃんのポスターに近づき、梨華ちゃんのつやつやした唇にニヤケ顔でキスをした。そして思い出したかのように男前の顔をつくって、高山厳的ダンディーボイスで「梨華ちゃん、幸せにするよ、悪魔からもらった力で」と囁いた。僕は、しばらくのあいだ梨華ちゃんの目を見つめたあと、パソコンをつけて、《“悪魔の力”なんて書いてしまって大丈夫だろうか。気が狂っていると思われたりはしないだろうか》と心配しながらこの日記を書いた。