ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

音楽ガッタスのコンサート

日本青年館

 朝起きて思ったのは、昨日のハッピータイムはおそろしくハッピーだったなあ、ということだった。着がえを終えた僕は、梨華ちゃんのポスターすべてに行ってきますのチュウをして、家の外に飛び出した。
 すると僕は、夢の世界でよく見るような、不自然きわまりない公園に立っていた。コンクリートの地面が果てしなく広がっている。でもよく見たら公園には端っこが存在した。ライブ会場である日本青年館の姿が見えた。僕はトイレでおしっこをしてから、だだっ広い公園を囲っている植え込みへと歩いていき、その縁に腰かけた。
 空から突然、大量のハトがふってきた。僕はハトに餌をあげている人みたいになった。一羽のハトがものすごい勢いで求愛活動をはじめた。首をおそろしいほど伸ばして、メスみたいな感じのハトを追いかけまわしている。しばらくするとメスの鳩は逃げるように飛び去った。というか逃げた。僕はせつなくなってしまって、少し涙ぐんだ。

 日本青年館前で、露店が商売をしていた。僕は梨華ちゃんの写真に引き寄せられた。梨華ちゃんがとっても可愛かったから、欲しくてたまらなくなった。僕は心のなかで一人ごとを言いはじめる――これを買ってはいけない。なぜならこれは盗撮だからだ。これを買えば盗撮に協力することになるからだ。でもあの梨華ちゃん、ヤバイくらい可愛い。公式写真でもなかなかあんなのない。欲しいなあ。でも駄目! これを買っても梨華ちゃんにお金が入らないし、きっと梨華ちゃんは悲しむだろう。
 僕の近くに、カッコいい感じの人とカッコわるい感じの人*1が出現して、梨華ちゃんの写真を密着マークしはじめた。僕は3歩ほど後ろにさがり、二人のようすを観察した。かっこいい感じの人は、今どきの爽やかさで以って写真を購入した。かっこわるい感じの人は、にやにや笑いながら梨華ちゃんの写真ばっかりたくさん購入した。この二人は、あの写真でリカニーをするんだろうか。僕はこの二名に、悪魔から教えられた禁断の呪いをかけた。漠然とした不幸が心に蔓延するという恐ろしいエロイムエッサイムである。僕のディープキスによってしかとけない呪いである。ざまあみろ。露店の写真なんか買うから悪いんだ。

 ℃太郎さんに会う。「こんにちは、ふちりんです」と言うと、℃太郎さんはにっこりと優しく笑って、音楽ガッタスのチケットを僕にわたした。「ありがとうございます」と言ってお金を支払った。℃太郎さんは50円まけてくれた。優しい。それから仲良くコンビニに行った。℃太郎さんはレモンティーを買った。「レモンティーを選ぶなんておしゃれですね」と僕が言うと、℃太郎さんは照れ笑いのようなものを顔に浮かべた。僕は100円の水を買った。そしてついに日本青年館に入る。入り口のそばの、ライトで明るく照らされた壁に、梨華ちゃんのメッセージが貼られていた。“ハッピータイム”がなんちゃら、と書いてあり、なんとも言えない気持ちになった。℃太郎さんはそれを見てとてもはしゃいでいた。

 席を探しているとき、聞き覚えのある声が耳に入る。
 「何してるんすか、ふっちさん、こんなところで!」
 久しく会っていない、早大モ研のヨシザワ下北沢くんだった。
 「いや、あの、ちょっと、梨華ちゃんが……」と僕は言った。
 「あ、こちら、新入生の人です」
 とヨシザワ下北沢くんは隣の席にいる女性を紹介した。その子はとんでもなくかわいらしい子だったので、僕は中学一年生の男子みたいにどぎまぎした。その子のぱっちりしたおめめを見たり見なかったりしながら、「あ、どうも、OBの田中です」と言った。
 その子は、やや身をこわばらせながら、「あ、どうも、よろしくお願いします」と言った。
 顔もスタイルも申し分ないじゃん。かわいい。ヤバイくらいかわいい。と僕は思った。「けど、僕には梨華ちゃんがいる。だからがっついたりしちゃ駄目だよ、ふちりん!」と自分に言い聞かせながら自分の席に向かった。

 こないだ買った、真っピンク色の梨華ちゃんTシャツを着る。のっちのエロさと仙石みなみちゃんのおっぱいについて℃太郎さんと熱く語る。コンサートが始まる。梨華ちゃんが出てくると、僕は死にそうになった。でも死ななかった。なにくそ!という気持ちが僕の中にはあった。なにくそ死んでたまるか、という思いに支えられて僕は立っていた。なにくそ!という思いは、梨華ちゃん本当ハッピータイムを過ごしたいという気持ちに支えられていた。
 突然、「唯ちゃん!」という男の叫びが聞こえた。まわりのみんなは騒然となった。美勇伝岡田唯ちゃんが来ているらしかった。おいおいマジかよ、それってやべーじゃん、って思ったけれど、唯ちゃんを見たら負けのような気がしたので見なかった。℃太郎さんはすごい見ていた。
 あるとき「あなただけの石川梨華です!」と梨華ちゃんが言い、僕はまた死にそうになった。今までのさまざまなリカニーが頭の中を猛スピードでかけまわった。これは走馬燈だ。僕は死んでしまう。今度こそもう駄目だ。いよいよ三途の川を渡ろうとしたとき、天使みたいな服装のふちりんどっとこむが現われ、「まだ死んではいけない。お前にはまだやるべきことがあるんだ。お前には救うべき人がいるし、幸せにするべき人がいる」と言い、彼の拳がきれいな弧をえがき、僕の左テンプルを強烈に殴った。僕は目を開いた。オレンジっぽい姿の救急隊員が何人か目に入った。ピンク色のTシャツを着た人たちをタンカでせっせと運んでいく。
 あるとき梨華ちゃんが巨大な旗を持って現われ、校歌のような重々しいメロディーにあわせてそれをゆっくりと左右に振った。僕はその様子を双眼で見る。梨華ちゃんは歯をくいしばって一生懸命に振っていた。僕は「梨華ちゃん、がんばれ!」と心の中で絶叫した。それだけでは飽き足らず、気が付いたら僕はステージに上がっていた。目の前には梨華ちゃんがいる。ああ、きれいだ。可憐だ。大好きだよ! 「ねえ梨華ちゃん、これは女の子の仕事じゃない、男の仕事だ」という、男尊女卑の香りが少々する言葉を口から出して、立ちすくむ梨華ちゃんの手から巨大な旗をひったくった。「梨華ちゃん、君は休んでいたらいいんだ、僕がかわりに――」とつぜん、黒服を着たゴッツい男たちが五、六人やってきて、僕をひっつかまえた。「何をする! 僕は梨華ちゃんをこの理不尽な力仕事から救いだそうとしただけじゃないか!」と叫んだが、その直後に腹を思いきりなぐられた。

 気が付くと、僕は日本青年館の外にいた。隣のだだっ広い公園の真ん中らへんに寝そべっている。冷たいコンクリートが僕の頬から効率よく熱を奪っていく。はるか彼方に地平線が見える。それはわずかに弓なりになっている。地球は丸いのだな、と僕は思い、おもむろに立ち上がる。日は沈みかけていて、灰色がみるみる濃くなっていく。もう帰ろう、と呟き、ふらつきながら玄関のドアを探す。

 ドアを抜けるとそこは夜の国道だった。近所のコンビニがちょっと先に見える。10トントラックが地面を揺らしながら道路を走り過ぎていく。何か赤いものが胸のうちでうごめくのを感じ、とても苦しい気持ちになる。その赤いものを吐き出そうと試みるが、いくら咳をしてみても吐き出すことができない。胸の中で蠢く赤いものは「梨華ちゃん……」という呟きを発しはじめる。「梨華ちゃん……」という呟きを口から漏らしながら歩く。コンビニがだんだん近づいてくる。僕は死について考えはじめる。ある大きな交差点にさしかかる。信号が青になる。横断歩道をわたりはじめる。すると、前方から右折してきたスポーツカーが僕にぶつかりそうになった。中には男と女が乗っていた。僕は一歩さがってその車に道をゆずり、それから横断歩道の続きを歩く。

 男「あぶなくひいちまうところだったぜ……急に出てきやがって」
 女「あいつ、挙動不審だったわね。きっとオタクよ」
 男「そうだな。服装もダサかったし、きっとオタクだな。ひいちまえばよかったぜ」
 女「そうよ! あんなキモ人間、轢き殺しちゃえばよかったのよ。きっと世の中が今よりおしゃれになるわ」
 男「お前、ひどいこと言うなあ。そこまで言うかよ。でも俺も同感!」
 女「でしょ? でしょ? キャハハ!」
 男「ヒャハハハ!」

*1:もちろん、僕のほうが数段かっこわるい