その14

 噴水による大規模で美しい芸術をしばらく眺めていたら、僕のくすぶったココロはけっこう洗われました。そして白川公園を出て(やっと出た)、とうとう御園座に入りました。そして舞台を観て、感動して、御園座を出て、帰りの深夜バスで新宿に帰りました。名古屋旅行日記、完。っていうのは冗談です。まあ冗談だけど、終わろうとしたらこんなに簡単に終わるんだな、と思ってちょっと感動しました。

 御園座に入って、まずはヲタのいなさに驚きました。ヲタがいないどころか、若い人が全くいない。僕しかいない。全くいないってのは盛ったけど、よく探さないとおばさん(淑女)しか見つからない。紳士もちょぼちょぼいた。淑女に付き添っている紳士が。年金だ!と思いました。みんな、平日の午前中に、ここに来ているってことは年金暮らしなのかなあ、いいなあ、しかもこの年代だとガッポリもろてんやろなあ、それに比べて我々の世代なんて年金制度自体どうなるかわからへんやんけ、となり、周りにいる紳士淑女たちに対して、世代間対立感情のような黒い思いがふつふつと湧き上がってきたので、だめよふちりん!今日は舞台を楽しむのよ、ここにいる紳士淑女もきっと悪い人たちじゃないわ、真面目に一生懸命生きてきたのよ、だから年金がもらえているの、と言い聞かせました。深呼吸をして、「心はいつも〜おだやかに〜」とココロの中で呟いたら、ココロに渦巻きつつあった黒いモヤモヤは、すぐに晴れていきました。

 まずは売店で、舞台のパンフレットを買い求めました。2L生写真サイリウム、ピンク色の梨華ちゃんTシャツなどの、ヲタヲタしい物品はまったく置いてありませんでした。僕は思った、「あったら買うのに。だってはるばる名古屋まで来てんねんで。アホやなあ。生写真くらい置いたらええやんけ。なんで置いてくれはらへんねん。せっかく綺麗な衣装着やはるんやし、その衣装を着た梨華ちゃんの写真、欲しかったなあ。まあサイリウムはさすがにアレやけどな。歴史ある舞台ですしおすし」と。パンフレットを買ったのち、オペラグラスを借りました。まず3000円支払ってオペラグラスを借り、舞台が終わった後にそれを返却して2500円を受け取る、というシステムだった。こういうシステムあるんだ、頭いいシステムだなあ、と思った。

 ふと、ピンク色のTシャツを着た若い男性の姿が目に入りました。そのピンク色は、紳士淑女のくすぶった色合いの服々の中で、光り輝いているかのように際立っており、しばしその光を僕は追いつづけた。そのピンク色の光が劇場内に消えていくのを確認すると、「僕はまだまだだな。あの人はよほど梨華ちゃんのことが好きなんだろう。紳士淑女だらけのこの場所で、あのような積極的な服装ができるんだもの。僕もあそこまでやらないと次のステップには行けないんじゃないかな。ん? 次のステップってなんなのだ。僕はいったいどこに行こうというのだね」と思いました。

 僕の席は2階だったので、エスカレーターで2階に上がった。フロアには売店がたくさんあった。そこを見物がてらフラフラ歩いた。やはり梨華ちゃん生写真などは置いてなかった。品の良いおばさんが好みそうな、昭和の香りのする小物や、和風のお菓子などが売られていた。ここでも僕のような若い男は一人もいなかったので、居たたまれなくなり、比較的すぐにその場から劇場内へと移動した。

 2階2等席の7列13番に座った。やはり周りにはヲタっぽい人はおらず、老齢年金受給者と思われる紳士と淑女がほとんどだった。ただ、若い女性とその母と思われる女性の2人組が目に入った。その女性2人組の若い方は、梨華ちゃんのファンかもしれないな、と思った。しかし僕は少し観察したのみで、とくに声をかけたりはしなかった。舞台が始まるまでの間、細雪のパンフレットを眺めることにした。

 パンフレットの頭の方に、梨華ちゃんのどアップの写真があった。とてもかわいらしいから、しばしのあいだ見とれたかったが、後ろの席の淑女たちにその様子を見られ、「あ、この青年はこの子が好きだから観に来たのね、うふふ、かわいいわ」などと思われるのが恥ずかしかったので、梨華ちゃんのページを見る時間が長くなりすぎないようにした。むしろ、舞台通であることを後ろの席の紳士淑女にアピールしようと、役者歴の長そうな年配の俳優のページを見る時間を長くした。実際には舞台通ではない。友達や梨華ちゃんの舞台を観にいくことはよくあるし、楽しんでもいるが、知らない人の出る舞台を積極的に観にいくということはない。