ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

その17(終)

 インターネッ友との会食でビールを1杯飲んだ僕は、ちょっといい気分になり、メイド喫茶へ行きたい気持ちがさらにふくらんだ。そして思ったのが、「僕の足の臭さは、もしかして相当なものになっているのでは?」ということだった。
 「今日は朝から公園まで歩いたし、舞台が終わった後はだだっ広い名古屋城内を歩き回ったし、その後はメイド喫茶を探して栄の繁華街をさまよっていた。昨晩からお風呂も入ってないし、靴の中がすごく蒸れている。足が最高に臭くなっているのではないだろうか。そしてその臭さは、目の前の人間にも感じることのできるほどのものではないだろうか」
 不安にさいなまれはじめた僕は、急いでコンビニに行って、防菌防臭の黒い靴下をレジに持っていった。新しい靴下を購入すると、次にはその靴下にどこではき替えるかという問題が出てきた。コンビニのトイレではき替えようと思い、トイレの個室に入った。便器に腰を下ろし、靴を脱ごうとしたら、トントン!とノックの音がした。ふみゅう…となった僕はコンビニを出て、名古屋駅前のロータリーのあたりのベンチに座り、そこで靴下をはき替えようとしたのだが、周りには人がたくさん通っていた。
 「ここで靴下を脱いだり穿いたりしているのを見られたら、きちがいだと思われるかもしれない。なぜなら、こんなところで靴下を脱いだり穿いたりしている人なんてどこにも見当たらないからだ」
 そう思ったら、そこでも靴下を替えることができなかった。
 僕は靴の中に人さし指をさしこみ、その指で足の裏あたりをぐりぐりしたのち、引き抜いた。鼻の頭を掻くふりをしながら人さし指の匂いをくんくんと嗅いだ。そしたらやっぱりけっこう臭かったので、「ふむ、どうしたものか」と思った。けっこうくさいが、靴を履いている状態で周囲に臭うほどまでには、臭くないのではないか、という気もして迷った。最終的には、せっかくだし名古屋のメイド喫茶に行きたい、という欲望がまさった。

 臭い靴下を穿いたままメイド喫茶の扉の前に立った僕は、意を決してその扉を押し開けた。すると目の前にはスリッパがたくさん並んでいた。靴を脱ぎ、スリッパを履いて店内に上がり、お茶をする、というシステムのメイド喫茶だということがわかり、戦慄を覚えた。扉を開けちゃった以上は後戻りできないので、その戦慄は押し隠しつつ、メイドさんにかしずかれながらスリッパにはき替えた。メイドさんの後について歩き、テーブル席に腰を下ろした。店内はすいていて、客は3人ほどしかいない。僕はいちど、深呼吸をしてみた。靴下の臭いが鼻まで届いてこないかどうかをさりげなく確かめたのである。少しすっぱい臭いがしたような気がしたが、気のせいのようにも思われた。また、他の誰かの足の臭いかもしれなかった。メイドさんが話しかけてきた。かわいい人だ。「埼玉の大宮から来たんですよ」と言ったら、「え?大宮ってどこですか?」と訊かれたので、「ああ、そうか、名古屋の人は大宮なんて知るわけがないよな」と思って、名古屋にいるんだということを今さらながら実感した。「埼玉にある、うそくさい街です」と適当な説明をして、アイスコーヒーを頼んだ。そのアイスコーヒーがザラザラしてて薄くて、おそろしく不味かったのでびっくりしました。その後、ココアなどを頼んだら、まあまあ美味しかったので安心した。メイドさんに「趣味はなんですか」と訊かれて、「うーん、アイドルかなあ」と言うと、「誰が好きなんですか?」という質問が来た。僕は「AKBなら指原かなあ」と答え、メイドさんは「あー、さっしー! 最近かわいいですよね」と言った。最初は梨華ちゃんのことを言おうと思ったけど、「最近の若い人は梨華ちゃんのことをよく知らないだろう。変な空気になるかもしれない」と考え、AKBの指原と言いました。すみませんでした。ビールをたくさん飲みたかったけど、帰りの夜行バスのことを考えると、頻尿作用が恐ろしかったので、ジンジャエールなどのソフトドリンクを大量に飲みました。ソフトドリンクを飲んでもおしっこは出るけど、アルコールほど急激に催さないし、1回出したらしばらく出ないから大丈夫なのです。

 バスの時間がせまってきたのでメイド喫茶をおいとました。外に出ると、もうすっかり夜だった。空気が冷たい。バス停の近くの植え込みに座り、カーディガンの中に縮こまるようにしながら寒さにふるえた。なぜかスガシカオが聴きたくなった。ウォークマンスガシカオを聴いていると、楽しいような、やけくそのような、よくわからない気持ちになった。夜行バスが予定の時間になっても到着しないので、不安になった。「場所が違うのかも」と思い、バスを探して名古屋駅前を歩き回った。見当たらないし、一向にバスは来ない。僕は寒さではなく不安と焦りで手足が震えるのを感じた。震える手でバス会社に電話をかけた。「すみません、渋滞で遅れています。もうすぐ着きます」とのことだったのでホッとした。

 何事もなかったかのように遅れて到着した安っぽいバスに乗り込み、窓際の席に座った。無愛想で滑舌の悪いアナウンスとともに夜行バスが走り出す。窓を覆うチャチなカーテンの隙間から名古屋の街の光が流れるのを見ながら、「梨華ちゃんまたね」と心の中で言った。「残りの舞台もがんばってね。応援してるからね。また来年も同じ舞台に出るのかな。もしそうなら来年も行くからね。小説の細雪も、ぜんぶ読むことにするよ。その方がきっともっと舞台が楽しめるからね」

 5時間くらいかかって新宿駅に到着した。バスを降りて、大宮駅まで電車で帰った。けっきょく帰りの夜行バスでも一睡もできず、家にたどり着いたときには、心身ともにボロボロになっていた。「これは風邪を引いちゃうかもしれないなあ」と不安になったが、眠りから目覚めたとき、体はやや重かったものの、風邪を引いてはいなかった。なんでだろう、ホイミスライムだからかな、と思った。