その10 コテージの鍵を預かる

 コテージを出る際、部屋のキーを誰が預かるかで論争になった。論争にはなっていない。みんなが、キーを預かるのは気が進まないという雰囲気を醸し出していたので、「ここは俺が名乗り出よう。さっきのすき焼きではサランラップを剥がすことさえ満足にできず、あまり戦力にならなかったわけだし」と思ったが、極度の引っ込み思案のためモジモジしていると、「田中さんはライブのときにけっこう踊りますか?」と訊かれた。「いや、あまり動きませんから、僕がキーを預かりますよ」と答えた。

 じゃあお願いします、ということになり、僕はコテージのキーを預かるという重要な仕事を任されたのだが、だんだん不安になってきた。戦力になりたいからって言って積極的に名乗り出たはいいが、これがかなり責任重大なお仕事のように思われてきたのである。

 もし僕がキーをうっかり紛失したとしよう。どうなるでしょうか。添乗員さんにこっぴどく叱られると思いますし、コテージのマスターからはキーの紛失にかかる損害賠償を請求されるだろう。同室の人たちからは「すき焼きの時から薄々思っていたが、やっぱりこいつはぜんぜん使えない人間だった。どうせ仕事もできないんだろうな。こいつと一緒の職場じゃなくてよかった」などと蔑みの目で見られるだろう。

 また、もしコテージを出るときに鍵をかけ忘れたり、鍵を掛けたつもりがミスって掛かってなかったとしよう。そして何者かがコテージに侵入し、同室の人たちの荷物から貴重品を盗み出して逃走したとしよう。これは僕の責任問題となる。同室の人たちからやはり損害賠償を請求されることだろう。

 もし金で買えないような梨華ちゃんグッズ(サイン入り2ショットチェキ等)も盗み出されていた場合、心が傷ついたとして、さらに慰謝料が上乗せされるかもしれない。そしてその事件が発覚して以降、僕は同室の人たちに白い目で見られ続けるだろう。生きた心地がしないままバスツアーの残りの時間を過ごす羽目になるだろう。

 「そんなのはイヤだ。やっぱりキー預かるのやめようかな」と思ったけど、いまさら「やっぱりやめます」なんて言えず、コテージのキーを震える手で受け取った。コテージを出て扉を閉め、キーを鍵穴に差し込んで回す。しかしどちらに回したらいいのかよくわからない。Dさんが僕を見ているような気がして冷や汗が出る。鍵をガチガチャやっているうちに手ごたえが感じられた。それでもちゃんと鍵がかかったかどうか自信がなかったので、ドアノブを回して前後に揺さぶってみた。開かない。「大丈夫だ、問題ない」と思って、鍵をショルダーバッグの奥のほうへと慎重に押し込んだ。Dさんは鍵の心配など全くしていないようで、スタスタと階段を降りていく。鍵がかかったことに確信が持てないでいた僕は、階段の途中で立ち止まり、振り返ってドアを見る。「大丈夫だ。ちゃんと鍵はかかっている。問題ない。キーはカバンに入っている。問題ない」と自分に言い聞かせた。

 ところで、さっきバスツアーのしおりを見たら、「お部屋を空けられる際は、必ず鍵をフロントにお預け下さい」と明記されていました。同室のみんなが誰もその明記に気づかなかったとは言え、キーをカバンに入れたままライブ会場に行ってしまい、すみませんでした。