その21 ザ☆ピ〜ス!と森林メソッド

 【森林メソッド
 森林豊蔵氏が提唱する、推しメンとの深い関係を構築するための方法論。「もりばやしめそっど」と読む。
 ヲタはしばしば推しメンとの結婚を夢想するが、もちろんその実現は困難を極める。ハロメンにとって結婚がまさに現実であることが証明されてしまった2007年においてはなおさらである。
 しかし、森林メソッドはそこで発想の転換を勧める。すなわち、はじめからメンバーの再婚相手を目指してはどうか、と。
 アイドルに限らず、離婚率は上昇していると指摘される。また、初婚が衝動的であったり、さまざまな要因によってやむにやまれずしたものであったりすれば、なおのこと離婚の可能性は高まる。そして、不幸にも離婚が現実のものとなったとき、悲嘆する推しメンの心のよりどころとなることができるのは、実は推しメンの身を深く案じるヲタであるのではないかという示唆を森林メソッドは与えているのである。

 ふと気がつくと、シャボン玉は終わり、梨華ちゃんの代表曲であるザ☆ピ〜ス!が始まっていた。梨華ちゃんが「ホー! ほら行こうぜ!」とどこか遠くを見つめながら威勢よく歌っていた。そのとき梨華ちゃんはどこを見ていたのだろう。これからどんな道を歩もうとしているのだろう。どんな未来を夢見ているのだろう。そこに僕は含まれているのだろうか。含まれざるをえないような気がする。紆余曲折ありながらも今日までこの腐れ縁とも言えなくもない関係が続いたからには、どうしたって今後も長いことお互いに付き合っていかなければならないような気がする。恋人や友だちにはたぶんなれないだろうが*1、少なくともインチメートなファンとして死ぬまで付き合っていく可能性は否定できない。梨華ちゃん結婚しちゃったからファンやめます、って言うような浮薄な年齢でも僕はもうないし(32歳)、古い友だちのようなインチメートさを最近は感じているので、きっと結婚しちゃってもバスツアーとかに行くんだと思う。それに僕にはあの森林メソッドがある。ヲタを傷つけないことばかり考えて生きてきた心優しい梨華ちゃんは恋愛経験がほとんどないし、年齢的に結婚を焦りはじめる時期だから、エグザイルみたいな感じのシュッとした肉食系男子に強く押されたら、その人の心のインチキさに気づかずに焦って結婚してしまうかもしれない。そして最初は良かったもののだんだんそのエグザイル系男子が本性を現してドメスティックバイオレンスを披露しはじめるかもしれない*2。でも今までの生き様を見ればよくわかるように、梨華ちゃんは恐ろしく真面目で辛抱強い人だから、我慢してなかなか別れないかもしれない。それが心配です。もし不幸にも、あるいは幸福にも、離婚という運びになったら、そこで森林メソッドの出番がやってきます。梨華ちゃん結婚して、子供も2人くらいできて、それでもまだ熱心なファンをやっている人はだいぶ少なくなっていると思われます。梨華ちゃんではない一般の人に恋をして結婚して、奥さんに「ねえ、梨華ちゃんと私、どっちが大事なの?」などと問い詰められる修羅場を経て、梨華ちゃんグッズを全て燃やすことを約束させられ、梨華ちゃんを応援することが物理的に不可能になった人もいるでしょう。しかし僕は梨華ちゃんファンをやめなかったとしましょう。女に言い寄られることがなかったのかもしれないし、女に「梨華ちゃんと私、どっちが大事なの?」って詰め寄られて迷わず、あるいは迷った末に「ごめん、やっぱり梨華ちゃんが好きなんだ」って言って梨華ちゃんグッズを燃やすことを拒絶したのかもしれないし、どういう経緯がこれからあるかは神のみぞ知るところであるが、とにかく僕は梨華ちゃんファンをやめなかった。そうして、よく言えば肉食系で頼りがいがあるがその実ガサツなだけのろくでもない男に傷つけられた梨華ちゃんの目に入ってきたのは、いまだ熱心に梨華ちゃんを愛している僕だったというわけである。ディナーショウの帰りの電車で偶然に出会った2人は「あ、どうも」なんて言って良い歳して何だか照れながら、見つめあう。その頃には梨華ちゃんはもう何歳だろう、38歳くらいかな。僕は43歳。梨華ちゃんは30台後半にしてとても綺麗だが、やはり目じりや頬の皺が少し目立つようになっている。一方僕は梨華ちゃんに子供が生まれるたびに白髪がぐわっと増えて頭髪はもはやゼブラ模様である。しかしそれはそれでダンディーでもある。2人はちょっと飲みに行くことになって、上野駅で降りる。なんとなく夜の上野公園に立ち寄り、ぽつりぽつりと立っている街灯の心もとない灯りを辿るように歩く。梨華ちゃんはまるで月9のドラマみたいに、急に立ち止まる。僕はまるで月9のドラマにみたいにわざとらしく振り返る。
 「どうしたの?」
 梨華ちゃんは漆黒の地面を見つめていたが、やがて顔を上げる。
 「あのね、私」
 「うん」
 「ふちりんの気持ちにずっと応えてあげられなくて、ごめんね」
 「なんだ、そんなことか。いいんだよ。僕が勝手に好きになっただけなんだから。梨華ちゃんは何も悪くないよ。謝ることなんかない」
 「ふちりん、私ね…」
 「梨華ちゃん、何にも言わないで」と僕は遮って、梨華ちゃんに歩み寄り、その手を取り、両手で包みこむ。「これから何があっても、僕はずっと梨華ちゃんの味方だよ」
 梨華ちゃんは少し首を傾げる。
 「これ、美勇伝のバスツアーの握手会のときに梨華ちゃんに言ったセリフなんだ。梨華ちゃんはきっと覚えてないだろうけどね。はっきり言って、他の女の人を好きになったことはあるよ。梨華ちゃんが一番じゃなくなったことがあるんだ。ずっと梨華ちゃんだけだよ、なんて大声で言っていたのにね。最低だよ。でも、この気持ちだけはずっと変わらなかったよ」
 握手会の要領で手を握っていた僕は、そのままくるりと半回転して梨華ちゃんの右横に並び、手を握りなおした。
 「梨華ちゃん、お酒飲みに行こう! 今日はいっぱい飲もうね!」と僕は言って、梨華ちゃんと一緒に街の明かりを目指して歩き出した。

*1:もしかしたらなれるかもしれないけど、そういうこと言うと偉いファンの人たちに怒られるのであまり声を大にしては言わないでおきます。

*2:何度も言うようですが、エグザイルの人たちはいい人です。たぶん僕の恋愛相談とかにも親身になって乗ってくれ、「がんばれよ!」とか言って背中を押してくれるような素敵なお兄さんたちです。