その39 浮気だ!と言われる

 我々はお風呂から上がった。服を着てロビーに出る。売店でビールを買う。フロント棟の外に出て、傘をさして雨の中をコテージに向かって歩く。3分ほどして到着する。和室の居間に座り、冷えたビールを飲み始める。志村さんは1杯だけ飲む。阿久津さんは3杯くらい飲む。僕は5杯くらい飲んだ。尾藤さんと出口さんは飲まずに寝そべっている。阿久津さんは「みなさんは他の現場とかは行かれますか」と尋ねる。僕が「AKB握手会に行ったりします。指原がけっこう好きです」と正直に答えると、「あー! 浮気だ!」と指をさされる。これは浮気ではないのです。梨華ちゃんを好きになりすぎないために、あえてAKB握手会に行って指原と握手しているのです。梨華ちゃんを好きでい続けるためにはこうするしかないのです。でなければ、梨華ちゃん一筋で生きていたら、僕の精神はいずれ崩壊してしまうことでしょう。実際に、崩壊しかけたこともありました。その時の苦しみったらなかった。底の見えない、どこにもたどり着かない苦しみ。僕の精神が崩壊して、いったい誰が得をするのでしょうか。僕も、きっと梨華ちゃんも悲しみとやりきれなさに包まれるだけです。誰も得をしません。また、浮気という言葉は、両想いの男女においてのみ適用されるべき言葉ではないでしょうか。片想いしている人間が、相手に愛される見込みが全くないのに、その人だけを好きでいなければならない、他の人を好きになったら浮気だと罵られるとしたら、それはあまりに酷というものではないでしょうか。片想いしている人間に、浮気という言葉を使うのはどうかやめてやってください。妻や恋人がいる男がほかの女を好きになったりしたときにだけ使ってください。よろしくお願いします。という反論を僕は言おうとしかけたけれども、上手く順序立てて口頭で説明できる自信がなかったし、あまり長い話をしてその場を独占するのも憚られたし、そもそもあまり理解されないような気がしたし、自分でもこれはすごく言い訳がましいのではないかと思ったので、言わずに、「いやあ、ははは」と苦笑いをした。AKBにも手を出していることで説教されるかもしれない、ハロヲタはそういうところ厳しいから、と少し身構えたが、僕の浮気話に対してみんな特に興味を示すこともなく、すぐに別の話題に移っていった。僕は酒を飲みながら、みんなの話を聞いていた。内気な人間なので、なかなか会話に入ることができない。だから酒をどんどん飲んだ。そしてだいぶ酔っぱらってきて、今ならどんどん話ができるぞ!という状態になった時には、みんなもう寝床に入っていた。僕一人が畳に座って酒を飲んでいた。テーブルの板の古くさい模様を目でなぞりながら、僕はだんだんセンチメンタルな気持ちになっていく。なんかさみしいなあ。梨華ちゃんは今なにをしているんだろう。どこにいるんだろう。一緒に旅行に来ているのに、どこにいるかわからないというのはどういうことなんだろう。そうか、これは梨華ちゃんと旅行に来ているわけではないんだ。ファンクラブのバスツアーなんだ! なんてね、そんなことわかっているよ。わかっていてあえて言ったのさ。おしり。でもバスツアーだとしたら、ドキドキイベントがこれから起こってもいいのではないか。つまり、梨華ちゃんがいきなりこのコテージにやってきて一緒にお酒を飲んでくれないかなあ。そんなのってすごくドキドキするよ。僕は自分の話はぜんぜんしないで、ずっと梨華ちゃんの愚痴を聞いて「そっか〜、それはふみゅうだね」などと言うだけなんだろうけど、きっと楽しいんだろうなあ。でもまず間違いなく、そんなドキドキイベントは起こらないし、この先も一生起こることはないんだろうなあ。そんな人生って一体なんなんだ。何の意味があるんだろう。何のために僕は生まれてきて、生きてゆくのだろう。本当梨華ちゃんとお酒を飲みたいのに、飲めない人生とは。バスツアーに参加するために生まれてきたんだろうか。特に誰にも求められていないバスツアー日記を書くために生きていくんだろうか。それはそれで面白いような気がするなあ。バスツアーのためだけに生まれてきた男。なんかかっこいいな。いや、ぜんぜんかっこよくないぞ。でも面白いからいいんじゃないかなあ。いや、そんなに面白いか? そうでもないだろ。しかし、バスツアー男。映画化されるかもしれないぞ。映画化されたら、僕の役はアンガールズの田中あたりがやるのかなあ。似てるってよく言われるし。梨華ちゃん役は梨華ちゃんしかいないだろう。しかし、それはなんか釈然としないものがあるなあ。僕は蚊帳の外じゃないか…。うおー! そうだ、そろそろ寝なくちゃいけないぞ。明日も朝早いんだから。でもぜんぜん眠くないなあ。昨日も一睡もしてないんだけどなあ。