その40 眠れない夜

 「人生ってなんなんだろう。本当によくわからなくて。楽しいことの背後にはいつも悲しいことが潜んでいて。わからないまま今は眠るよ。もし眠れたらの話だけどね」
 午前0時34分、僕は暗い和室の布団の上で体育座りをしながら、このようなツイートをした。他のみんなが床に就く段になっても酒を飲んでいたため、僕は広い居間に一人で眠ることになった。物思いにふけりながら孤独に酒をあおっていた僕は、だんだんおセンチな気持ちになってきて、このような構ってほしがっているのが丸出しの恥ずかしいツイートを全世界に発信するに至ったのである。梨華ちゃんと楽しい時間を過ごした後は、その時間が楽しければ楽しいほど、悲しみや寂しさを強く感じてしまうのだ。悲しみや寂しさの深度そのものはおそらくほぼ一定であり、いつもは平屋建て住宅の屋根から落ちるくらいのことなのだが、その時の僕は3階建てのビルの屋上から落下したくらいのことになっていた。打ち所が悪ければけっこう死ぬ高さである。しかし僕は死ななかった。うまく空中で体をひねり、花壇の土の部分に落下し、ことなきを得たのだ。ただ、僕は死ななかったものの、興奮状態はなかなか収まらなかった。泣くべきか笑うべきかわからなかった。どのような感情が正しいのかわからなかった。ライブでの軽い運動による心地よい疲れを感じ、楽しい思い出に浸りながら笑顔でぐっすり就寝、というのが、バスツアーで布団に入った際の正しいヲタのあり方である、というのは簡単にわかるのだが、「じゃあそうなろう」と思って笑顔でぐっすり就寝、というのは簡単ではなかった。また、そうなろうと思ってそうしている時点で正しさからかなり遠ざかっているような気もした。しばらくの考えたのち、もはや正しいということの意味が相対化されすぎて、正しさというものが無意味に近くなってきている、と感じた僕は、正しさについて考えることはやめて、泣きたいような自分の心と、幸福なような自分の心と、そのどちらでもないようなモザイク状の心に向き合うことに決めた。そうしてみると、自分の色々な姿と、梨華ちゃんの色々な姿と、そんな僕らの多様な繋がりが、頭の中に立ち現れ、消えて、立ち現われ、消えていったが、消える速度の方が遅いため、どんどん頭の中にイメージたちがひしめいていき、それらを僕はどの部屋に誘導すればいいのか、皆目見当がつかず、正しさも間違いもそこにはなく、ただそれらの混沌としたイメージたちを痛みと喜びのうちにじっと見つめ続けるしかなかった。そんなことをしていたら、僕の興奮状態は鎮まるはずもなかった。目が冴えてしかたがなかった。僕はつい前日にウォークマンに入れたばかりのサンボマスターの「ロックンロール イズ ノットデッド」を繰り返し聴きはじめた。すると、うおー!となって余計に目が冴えた。これを聴いたら不安は吹き飛び、高ぶった心は蒸発するかと思ったのだが、実際のところ不安はけっこう軽減したものの、心の高ぶりは蒸発することなくより高みを目指していき、眠れない度が増した。

 それからしばらく、羊を数えるなどして眠りにつくことに挑戦しつづけ、午前2時19分。「むくり。人間ってこんなに眠らなくて大丈夫なものなのかな。すごい寝てないけど。地獄のミサワも真っ青だけど。今日の昼のアイスクリームを作るイベントのときなどに昏睡したらシャレにならないので寝させてください、神様」と僕は神に向けてツイートした。もう丸二日眠れていないのだった。ひどく焦っていた。そしてもちろん、焦れば焦るほど眠気は遠のいていった。


サンボマスター - ロックンロール イズ ノットデッド