その41 ティラミスになる

 けっきょく一睡もできないまま朝がやってきた。数えた羊の数は一万匹ほどになっていた。朝日の淡い光をまぶたの上に感じながら、僕はもう眠るのをあきらめ、頭の中にあふれんばかりになっていた羊たちを元いた牧場へと返すことにした。羊たちは「やってらんないよ。俺だってゆっくり寝たかったのに」とでも言いたげな非難がましい目で僕を一瞥して去っていく。僕は羊たちのモコモコと可愛らしいおしりに向かって「ふみゅう。ごめんね」と謝る。昨日も一睡もしてないのに、まさか今日も眠れないなんて、思いもよらなかったよ。それにしても、可愛いおしりだね。

 僕は目を開いた。眠いけど眠くない。睡眠不足と軽い二日酔い。脳みそが、一晩その辺に放置していたコッペパンのようにカスカスになっている。まだ午前6時半だが、朝のお楽しみイベントのために7時45分までにバスに集合しなければならなかった。僕は気合を入れて上半身を起こした。梨華ちゃんおはよう。梨華ちゃんは今なにしてるかな。もう起きてるのかなあ。どんな目覚めなんだろう。このバスツアーは梨華ちゃんにとってどんな仕事なんだろう。嫌な仕事なのかな。あーあ、早起きかったるいなあ、もっと寝ていたいなあ、早く休みが来ないかなあ、なんて思っていたらどうしよう。悲しい。僕はすごく楽しみなんだけど、梨華ちゃんにとっては、そうじゃないのかもしれない。数あるめんどくさい仕事の一つなのかもしれない。悲しいけど、そうだとしたら、僕は梨華ちゃんのめんどくさい仕事が少しでも楽になるように、善良で大人しい無個性なヲタにならなければならない。梨華ちゃんのココロをすり減らす手伝いをしてはならない。ベルトコンベアーで運ばれてくるコンビニ用のデザートに僕はなるのだ。梨華ちゃんは何も考えず、あるいは次の休日のことを考えながら、流れてきたティラミスのカップに蓋をつけていくだけでいい。僕はそれでいい。梨華ちゃんに蓋をつけてもらうだけで。ぼんやりとそんなことを考えていたら、コテージの2階で寝ていたみんなが次々と起きだしてきた。おはようございます。僕は善良に大人しく無個性にあいさつをした。