生きるしかない

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 ツイッターに、長年引きこもっている自殺志願者の人がいて、僕はその人が何とか生き延びられればいいなと思いながら見ていました。その人(Aさん)は、ある意味完全なロジックの中に生きています。

 生きようと思っても、自分のような引きこもりニートを社会は受け入れてくれない。自分はできる限りの努力はしたので、受け入れてくれない社会が悪い。社会が悪いのだから、自分ではなく社会が変わるべきだ。でも社会は一向に変わろうとしないから、自分は社会の中に入れず、親や他人に迷惑をかけてしまう。だから死んでしまいたい。でも死ぬための元気がなくて、死ぬことができない。そんな自分のために社会は安楽死の制度を用意するべきだ。何しろ、自分を受け入れない社会が悪いのだから。

 そんなことを呟いているAさんのもとには、たくさんの反論や助言リプが届きますが、Aさんは上記のようなある意味完全なロジックによって全ての反論や助言を退けます。「死にたいならさっさと死ねばいい」と言われれば、「死ぬための元気がない。そもそも自分を受け入れない社会が悪いのだから、社会が安楽死制度を用意するべきだ」と答えます。「そんなに安楽死したいのなら、安楽死制度を成立させるために活動してはどうか」と言われれば、「そういう活動をするための元気がない。そもそも社会が悪いのに、どうして自分が動かなければならないのか」と答えます。「せめてバイトから始めてはどうか」と言われれば、「就活を試みたが、年齢制限や、職歴なし無資格のために全滅だった。今ではバイトをする元気もない」と答えます。

 このように、ある意味完全なロジックによって、色々な反論や助言を次々と無効化していきます。そして、また同じような内容の「死にたいツイート」を繰り返します。このままだと、Aさんは死ぬことができないまま「詰み度」が高まっていくだけだと思った僕は、勇気を出して、Aさんにある提案のリプを送りました。

 「社会の現状を見るに、健康な人が安楽死できる制度が日本で成立することは当分ないと思います。かと言って自殺する元気はない。となれば生きるしかない。バイトをするのも難しいのであれば、もっと負荷の小さなことから始めてみてはいかがでしょうか。1日10分だけ資格の勉強をするとか」

 しかしAさんからの返事はありませんでした。何事もなかったかのように、例の「死にたいツイート」を繰り返していました。僕はそれらのツイートを見ていて気が滅入ってきたので、Aさんのフォローを外しました。そして今日、久しぶりに彼のページを見たら、同じような「死にたいツイート」がずらっと並んでいました。

 健康な人が安楽死できる制度なんて日本で成立するわけがないのだから(もし成立するとしても100年後くらいだろう)、その制度を望んでいても意味がないと思います。自殺する元気もないなら、やはり生きるしかない。生きるしかないんです。1日10分だけでも、生きるために努力していたら、周りの人のサポートも得やすくなると思います。いきなり正社員にならなくていい、まずは1日10分から始めてみませんか、僕と一緒に。と彼に言いたいです。