もしも国民が首相を選んだら

 という題の、梨華ちゃんが出演する演劇を観に行ってきた*1。七夕バスツアー日記の続きを書きたいところなのだが、どんどん記憶が薄れていっており、思い出そうとすると頭が爆発しそうになる(なりません)のでとりあえずこの舞台の日記を書こうと思う。まず僕はオシャレをした。2列目の真ん中らへん、というひじょうに良い席だったので、梨華ちゃんからすごい見られる可能性が高かったからである。自分の中で最高のオシャレをして姿見の前に立ってみたところ、上下すべてユニクロだったので「あれ?」となったが、言わなければ誰にもわからないだろう、たとえバレたとしても、「ユニクロなのにオシャレじゃん。やるじゃん」という評価を得られるかもしれない、と考え、その格好で家を出た。

 

 新宿駅で降りて全労済ホール スペース・ゼロに向かう。到着する。階段を上る。グッズ売り場がある。大きなボードにグッズの見本がたくさん貼り付けられている。梨華ちゃん生写真を2セットと、梨華ちゃんのポスターを買うことにする。売り場のお姉ちゃんに「石川さんの写真を2セットと、石川さんのポスターをください」と告げる。お姉ちゃんは「こちらのパンフレットはよろしかったですか?」と訊いてくる。パンフレットの値段は2,000円という高価格だったし、今回の主演は梨華ちゃんではないので、買わないことにした。パンフだけで2,000円はさすがに高すぎるのではないか、金を儲けようとしすぎているのではないか、と思った。

 売店の正面には、応援やお祝いのお花たちが飾られていた。企業から贈られているのもあったが、ファンから贈られているものもあった。その中で最も豪華なお花は、梨華ちゃんのファン一同(うさぎの会)からのものだった。梨華ちゃんは主役じゃないのに、一番豪華なお花をもらって大丈夫なのだろうか、気まずい雰囲気にならないだろうか、とやや心配になった。ちなみに僕は水戸黄門の舞台の時は、うさぎの会に参加したのだが、今回は企画に気がつかなくて参加することが叶わなかった。うさぎの会のホームページには企画について書いておらず、2ちゃんの専用スレッドで話が進行していたようだ。僕は2ちゃんはあまり見たくない。というのは、しばしばクソみたいなアンチがやってきて、クソみたいな書き込みをして去っていくからだ。そういうクソみたいなものは1秒たりとも目にしたくない。そんなわけでファン一同に僕は含まれておらず、華やかなお花の前でほのかな疎外感に包まれ、ややふみゅうとなったが、梨華ちゃんはこんなに豪華なお花を贈られるほど愛されていて、幸せものだなあ、よかったなあ、と思ったのだった。

 劇場に入り、2列目に座った。舞台は目の前にあった。近い。しばらくすると、前の席に座った人から、生乾きの服に汗がプラスされたような香りが漂ってきた。これがかなり良い香りだったため、「これはちょっとしんどいなあ。これを2時間くらい嗅ぎつづけるのはちょっとしんどいなあ。良い香りすぎるなあ。せっかくの良席なのになあ」と思い、心がどんよりとしてきた。しかし、僕もじつは良い香りを周囲に振りまいているかもしれない。自分で気づいていないだけで、脇の下や口の中や耳の穴などから、ひどく良い香りを発散しているかもしれない。だから他人の良い香りに対して物申す資格はないのかもしれない。と思い、前の席の人から漂ってくる芳香については非難しないことにした。そして、慣れというのは大したもので、しばらくしたらその良い香りが気にならなくなった。最後の方になるとほとんど無臭とすら思えた。

 舞台は、新歌舞伎座水戸黄門と比べたらいけないのだろうけど、水戸黄門と比べてだいぶお金がかかっていない感じがした。セットは奇妙な石階段のままずっと変わらず、そこには机とイスくらいしか置かれていなかった。稽古期間が短かった*2ためか、演技も全体的に地に足がつかないフワフワしたものだったが、梨華ちゃんは出番が少ないこともあってか、いつものようにきちんと演じていたように思う。梨華ちゃんはニュースキャスターの役で、基本的に真面目な調子なのだが、主役の高橋愛ちゃんと絡むときだけは非常にくだけた感じになってお茶目にはしゃいだりした。その時の梨華ちゃんがとても自然でかわいらしく、僕はついだらしなくニヤニヤしてしまった。そんなだらしない顔を隣の席の若い女性に見られているのではないか、という不安に駆られて、急に顔をキリッとさせたりした。梨華ちゃんがニュースキャスターとして右端に立ち、真ん中で愛ちゃんら政治家役たちが朝生的にワーワーやっている場面がしばしばあった。僕はそんな時、梨華ちゃんをずっと見ていたい気持ちが強くある一方、舞台右端で顔だけの演技をしている梨華ちゃんを真ん中のワーワーそっちのけで凝視している姿を隣の人に見られたくないという気持ちもけっこうあった。その結果として、僕は舞台の中央に顔を向けながら、眼球の黒目だけを右端の梨華ちゃんに向ける、という奇妙な状態になった。梨華ちゃんに顔を向け続けることよりも、眼球の黒目だけを梨華ちゃんに向けていることの方が人間としてより気持ち悪いことは否めず、もしこの行為が隣の人や梨華ちゃんにバレたらどうしよう、よけい恥ずかしいことになるぞ、と思ったが、この暗さの中で黒目の動きなんて見てとれるはずはなかろう、と考えることで平常心を保った。

 ところで舞台の中で、どさくさに紛れて梨華ちゃんに告白する者があった。梨華ちゃんの同僚のシュッとしたイケメンアナウンサーである。しかも2回くらい告白していた。その上、あろうことか、その者は最後の方でひょんなことから梨華ちゃんに抱きつかれていた。その者は愛しの女性であるところの梨華ちゃんに抱きつかれて、純な心が爆発してしまったのだろう、失神しておおげさに倒れた。僕も一緒に倒れそうになった。「梨華ちゃん! 何してんの!」と思った。6万円のことを思った。バスツアーで6万円払って僕は握手やちょっとしたお話しかできないが、あのアナウンサーの者は6万円以上もらって梨華ちゃんに何度も、少なくとも12回は抱きつかれるのだ、ということを反射的に考えた。というか、そういうことを考えてみたらどういう気持ちになるだろうか、と思ってそういうことを考えた。みじめな気持ちになるのは目に見えていたが、なぜか考えずにはいられなかった。やはり僕はマゾヒストなのかもしれない。ツイッターで絶望的な感じのことを呟いていたら、あなたは苦しんでいる自分が好きなんですよ、とフォロワーさんに言われ、「は? 何いってんの?」と思って激おこぷんぷん丸になったことがあるのだが、自分から苦しみに突き進んでいるようなところは確かにあるかもしれない。でも苦しむことは好きじゃないし、苦しんでいる自分が好きなわけでもない。幸せになりたい。だからおそらくマゾヒストではないのだが、苦しみや悲しみの姿形をちゃんと捉えたい、という気持ちはある。それらをきちんと捉えることなくして苦しみや悲しみを撃退することはできないと思うからだ。

 舞台の最後に、キャスト全員が1列に並んで礼をして、笑顔で手を振りながら舞台袖に消えていった。と思ったら、再びキャスト全員が現れ、また1列に並んで礼をして、笑顔で手を振りながら去っていった。巻き戻して再生したかのようにまったく同じことが2度繰り返されたため、やや混乱した。梨華ちゃんは2度とも、僕のほうを見て手を振ってくれることはなかった。おしゃれをした意味なんてなかったのである。結局、ユニクロでもユナイテッドアローズでも変わらなかったのだ。僕は礼をして去っていく梨華ちゃんを一方的に見つめながら、「梨華ちゃんとお酒を飲みたいなあ。ねえ今晩、一杯飲んでいかない?」と心の声で誘ってみたが、待ち合わせの場所と時間を告げるのを忘れたため、梨華ちゃんと飲みに行くことはできなかった。

 満員電車に揺られて帰宅し、生写真を改めて眺めると、梨華ちゃんはとても優しい顔で笑っていた。どういう人生を生きて、どういう心持ちを経たら、こんな風に微笑できるようになるのだろう。まるで幼い我が子の寝顔を見つめる母親のようだ。バッグからポスターを取り出して広げてみたら、収納の仕方が悪かったみたいで、ポスターはボロボロになりかけていた。よく見ると梨華ちゃんの左目尻のあたりにくっきりとした白い折り目ができてしまっており、僕は「ああ、しまった!」と小声で叫び、折り目を指で丁寧に伸ばしながら半泣きで「梨華ちゃんごめんね…」と謝り続けたのだった。

*1:2013年4月26日(金)19時開演。

*2:たぶん3週間くらい。