ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

石川梨華バースデーイベント2025に行ってきました(その4)

fuchirin.hatenablog.com

 前回の記事で書いたとおり、梨華ちゃんは、自分の公式ブログのコメント欄で苦言を呈されたことを気にしていたわけだけど、当時の僕が毎回必ず書き込んでいたコメントは、全く梨華ちゃんの印象に残っていなかったみたいです。というのは、梨華ちゃん29歳のバースデーイベントで、僕のペンネーム(ふちりん)が梨華ちゃんによって読み上げられたとき、梨華ちゃんはその文字列を、生まれて初めて目にしたかのようなたどたどしさで口にしていたからです。

29歳のバースデーイベントで購入したパスケース

 当時(2014年)の僕は、梨華ちゃんのブログが更新されるたびに、まるで義務であるかのようにコメントを投稿していました。「ふちりん」という名前で。もちろん、悪意のあるコメントは一切していません。毎回、心温まる、ユーモアあふれる文章を書いていました。しかしなぜか、29歳のバースデーイベントで、僕の「今年の抱負」を書いた紙片が梨華ちゃんの手で小箱の中から選び出され、読み上げられたとき、梨華ちゃんの「ふちりん」の読み方は非常にぎこちなかったのです。もしかしたら、僕のコメントは印象に残らなかったのではなく、アメブロの特殊な機能によってミュートされていたのかもしれません。僕は毎日懸命に、時には苦しみながらもコメントを書いていたのに、梨華ちゃんの目には全く映っていなかったのかもしれない。そう思うと、少し切ない気持ちになります。

 ちなみに、僕がそのときに何を宣言したかと言うと、節酒です。梨華ちゃんの前で、高らかに節酒を宣言しました(文章で)。今年いっぱいは、飲酒を1日3杯までにとどめることを。今となっては、「なんだよそれ! 中途半端だな! どうせなら男らしく禁酒を宣言しろよ!」と思わずにはいられません。中途半端な宣言ではあるけれど、「それを僕の目の前で、梨華ちゃん本人によって読み上げられた以上は、絶対に守らなければならない」と強く思いました。そして雨の日も風の日も、天気が良くてビールが美味い日も、気の置けない友人との飲み会でも、その年は丸一年、1日3杯までという誓いを破りませんでした。

 酒を3杯飲むと理性が結構ゆるくなるので、何度も4杯目に手を出しそうになったけれど、そのたびに梨華ちゃんの顔が脳裏に浮かび、僕の宣言を読み上げる声が心に響き、ぎりぎりのところで手を引っ込めました。そして大宮のメイドカフェHoneyHoneyの年越しイベントで、時計の針が0時を回ると同時に、僕は満を持して4杯目の生ビールを飲みました。メイドさんに「あけおめ〜♪」と言いながら。梨華ちゃんへの宣言を完遂し、自由の身になった僕はその夜、とどまることを知らずに朝まで飲み続け、見事に二日酔いになったのでした。昼過ぎに目を覚ました僕は、ベッドに力なく横たわったまま、「やっぱり酒は適量がいちばんだな…」とつくづく思いました。

note.com

 2014年の梨華ちゃんのバースデーイベントで僕の宣言が読み上げられた件については、noteに(有料の)記事にしてあるので、もしお気が向いたらお読みください。いかに禁酒や節酒をするかについても(というかこちらが本題です)、体験談を交えて徹底的に考察しています。

 梨華ちゃんが40年の人生を振り返りつつ、面白いことを言うたびに、僕の真後ろに座っていたオタク氏は大きな声で楽しそうに笑っていました。彼の、聞いていて気持ちよくなるほどの爆笑は、僕に水戸に住んでいた頃のことを思い出させました。僕は小学2年生まで茨城県水戸市で暮らしていたのです。「水戸納豆はうまいっぺよ!」とか言ってました。当時僕が住んでいたのは、となりのトトロに出てきそうな、古ぼけた一軒家でした。色んな箇所で雨漏りしていたし、まっくろくろすけが出てきても全然おかしくない家でした。

 その近所に、夜になるといちじるしく大きな声で笑うおばさんがいました。顔は見たことがないものの、その声は明らかにおばさんの声でした。その家はブロック塀を隔てた向こう側にあり、僕の家からはある程度の距離があります。それにもかかわらず、おばさんの笑い声は夜な夜な、我が家の居間まで響いてきました。時刻や笑い方からして、テレビを見て笑っているものと思われました。あるいは、明石家さんまくらい面白い人間と暮らしていたのかもしれませんが。あのおばさんは、今ごろ何をしてるんだろうか? まだ生きてるのだろうか? 元気かなあ。健在なら、今でも夜な夜なテレビを見て爆笑しているのかもしれない。久しぶりにあの笑い声を聞きたいなあ。あまりに爆発的に笑っているから、それを近所で聞いてる僕まで笑ってしまう、あの痛快な笑い声を。

 真後ろのオタク氏の笑い声を聞いて、昔の近所のおばさんのことを懐かしく思い出している僕をよそに、梨華ちゃんは小気味よいトークを進めていき、梨華ちゃんが結婚した後の幸福そうな写真がスクリーンに映し出されました。結婚してしばらく経って第一子を妊娠した梨華ちゃんは、安定期に入ってからハワイに旅行に行ったらしいです。そのことがヤフーニュースに取り上げられ、炎上までは行かないけれど、ヤフコメ民に結構叩かれたようです。安定期に入っているとは言え、お腹に子供がいるのにハワイに遊びに行くのはいかがなものか、という趣旨のことを書かれたらしい。

 その批判コメントに正当性があるのかどうか、僕には不勉強にして分かりません。いずれにせよ、梨華ちゃんはヤフコメで叩かれて大きなショックを受けたらしく、「ネットで叩かれるかもしれないことは、ファンのみなさんにだけ伝えます」という感じのことを言っていました。僕を含めたファンのことを深く信頼してくれているのがひしひしと伝わってきました。まあ、そこに僕は含まれてない可能性もあるけれど。だって梨華ちゃんの写真集を見ながらする自慰行為のこととか、たくさん書いているから。でも僕はえげつない下ネタを書くことはあっても、梨華ちゃんの悪口を言ったりしたことは(たぶん)一度もありません。

 梨華ちゃんの熱愛報道があったときも、深く落ち込んで「死にたい…」とか書いてはいたけれど、決して梨華ちゃんを攻撃したりはしませんでした。「裏切られた!」と言って写真集を燃やしたり、CDを粉々に破壊したりも、もちろんしなかったです。「裏切られた」も何もありません。だって僕と梨華ちゃんは、何の約束も結んではいないのだから。僕が勝手に好きになって、勝手に落ち込んで死にたくなっていただけです。

僕が好きだった アイドルが
週刊誌に熱愛スクープ されていた
ショックのあまりに 気が遠くなったけど
あの人が幸せなら それでいいもんな

僕が勝手に好きになっただけ
僕が勝手に好きになっただけ
ああ だけど だけど どうしてこんなに
涙が出るんだろう

銀杏BOYZ『なんとなく僕たちは大人になるんだ』より

 でも梨華ちゃんは、僕の言動を見ていて、決して良い気持ちにはならなかっただろうと推測します。そんな僕が、梨華ちゃんの言う「ファンのみんな」に含まれていなくても、それは当然のことかもしれません。すみませんでした。僕はこれから、よりよい梨華ヲタを目指してがんばっていくので、いつの日か僕も「ファンのみんな」に加えてほしいです。僕は昔、握手会でだったか、ファンレターでだったかは思い出せないけど、梨華ちゃんに“ある言葉”を伝えました。それは、「これから何があっても、僕はずっと梨華ちゃんの味方です」という言葉です。その言葉は、昔も今も変わらずに僕の胸の中にあります。きっと死ぬまであります。僕はこの命が尽きるまで、いや、あの世に行っても、ずっと梨華ちゃんの味方です。もし迷惑だったらすみません。