散髪


 髪の毛の重さに潰されて死にそうになったので散髪に出かけた。散髪ごときに金なんかかけたくないのでいつも自分で切っているんだけれど、母親が「外で切れ、排水口に髪の毛がつまって困るからそしてそれを取り除くのは至極気分が悪いから家で切るのはやめろ、二度と切るんじゃねえ、とにかく1000円やるから外で切れこの穀潰しが!」って言うから散髪に行ってきた。「俺はわざわざ貴様のマン道から苦労して出てきてやったのにその言い草はなんだ」と憤慨した僕はすぐさま奴を刺し殺してやろうと思ったんだけど逮捕されたくないし逮捕されたらこの日記がありとあらゆるメディアでさらされそうだし梨華ちゃんにも迷惑がかかりそうだし、ということで奴を刺して殺すのは思いとどまって散髪に行った。


 近所の、散髪代1000円という良心的な値段設定の床屋に行ったんだけれども、そこで僕はひどい目に遭った。イケメンをきどった糞みたいな店員がやたら口うるさくて、お前はそこに座るな、順番通りに座れこの童貞死ね、てめえ土足で上がんじゃねえここは俺たちの聖域なんだ汚すなボケがスリッパに履き替えろチンカス、おい貴様現金ちらつかせんじゃねえよ入り口付近の自動機械でカードを1000円で買ってそれを渡せよ俺に、じゃねえと手前の汚ねえ髪の毛なんか切ってやらんからな糞が、など、丁寧な口調で僕に命令しくさった。僕は母親に続いてこの汚い茶髪の店員も、常に携帯している軍事用ナイフで刺し殺してやろうかと思ったけどやっぱり梨華ちゃんに迷惑がかかるといけないので思いとどまり、「はい、すいません、わかりました」と素直に従った。


 中学時代にこうやって糞みたいな人間に命令されて従ってたときのことを思い出して非常に胸糞が悪くなった。糞ったれが。どいつもこいつも自分がそれなりに優秀で他人より優れてるとか思っていやがる。貴様らみんな実はたいした人間なんかじゃねえんだよ。滑稽だぜ、人を思いやることができない人間なんか一人残らず死んでしまえばいい。


 それから僕の番が来てカッティングチェアーに座ると、耳ピアス店員がざくざくと乱暴に切り始めた。1000円床屋だから雑だ。たぶんオシャレな美容院ではこんな音はしないだろう。はさみも違うしテクニックも違うしたぶん心意気も違う。そしてきっと思いやりが足らない。耳まで切られそうだ。「あ、ごめんごめん、切っちゃったけど、いいよね。ついでみたいなもんだよ。どうせあんたの耳なんか何の役にも立たないでしょ。ハロプロみたいな大衆に媚びた音楽しか聴かないんでしょ。無いほうがスッキリすんじゃないの。似合う似合う。耳なしほういち、うひゃひゃ」とか絶対言う。間違いない、茶髪で耳ピアスの人間ってそんなんばっかりだきっと。性格が歪んでいるんだよ。あ、梨華ちゃんも茶髪で耳ピアスだった。いけないいけない。そんなことはきっとない。梨華ちゃんは顔にもそれが表れているように、心がきれいで優しくて、こんな僕でもがんばれ、負けるなって励ましてくれるんだ。大好きだよっても言ってくれる。


 そんなこんなで結局耳は切られなかった。途中、前髪が一直線になってて、まさかリアル坊ちゃん刈り? 24なのに? って思って脇から大量の汗をジャバジャバ流したんだけど、最終的には破綻のない前髪および後ろ、側面髪になってたので一安心した。茶髪耳ピアスも捨てたもんじゃない。だからきっと梨華ちゃんも捨てたもんじゃない。


 梨華ちゃん大好きだよ。ねえ僕は髪を切ってさっぱりしたんだ。若返ったようだよ。君と同い年くらいに見える。僕は梨華ちゃんに釣り合うような人間になりたい。見た目だけじゃなくて、中身も立派な人間になりたい。優しく、素敵で、ダンディで、梨華ちゃんを誰の暴力からも守り誰の誹謗からも守り、梨華ちゃんの笑顔をどんどん作り出していく、そんな人間に、僕はなる。なりたい。梨華ちゃん愛してる。誰よりも。誰よりも。ずっと、永遠に。さようなら。