ヒトカラ


 歌手になるんだから、歌がうまくないといけない。僕はとりあえずボイトレをしようと考え、カラオケ館へ行った。


 美勇伝の曲はだいたい歌えるけれど、「ひとりじめ」はまだ歌ったことがなかった。「ひとりじめ」を5回歌った。裏声に行くところが、最初はうまく歌えなかったけど、3回目くらいからだんだんいい感じになってきた。5回目の歌唱では、ほとんど破綻なく歌えた。梨華ちゃんかふっちか、ていうくらいの出来だった。上々だ。ライブでも充分通用すると確信した。もちろんクチパクなしだ。そうだ、僕は美勇伝に加入したら、メンバー3人に、プロ歌手としての誇りを注入してやりたい。「きみたちプロなんだから、クチパクなんてダメだよ、僕が入ったからには、二度とクチパクなんてさせないからね! でも梨華ちゃんだけはクチパクでもいいよ」


 そして他の曲も練習した。「曖昧ミーMIND」を歌った。ダンス、あの四つんばいダンスを練習しようと思ったけど、それはやめておいた。四つんばいになってる時に店員が闖入してきたらやばい。出禁になるかもしれない。出禁になったら、ボイトレができなくなる。まあダンスは、美勇伝に加入してから練習すればいいか。最悪、おどらなくてもいいか。四つんばいとか恥ずかしいし。僕がセンターで棒立ちで歌って、他の3人がまわりで四つんばいになってればいいんじゃね? そうだな、そう提案しようつんくに。


「紫陽花アイアイ物語」も、上達してきた。梨華ちゃんのパートなんかは梨華ちゃんよりうまいかもしれない。「花びぃらに重なるよにぃ〜」という箇所は、鼻にかかった声でねちっこく、人をイラっとさせるように歌わなければならないんだけど、かなりうまく歌えるようになった。その証拠に、自分で聞いていて、非常にムカついた。マイクをブン投げたくなった。投げた。


 ボイトレを終えて、会計しに行くと、大量の素人ギャルが順番待ちをしていた。僕は一人だったから、恥ずかしかった。蔑みの目で見られているような気がした。今に見てろよ、お前ら。僕は近いうちに美勇伝に加入して、アイドルになるんだ。いつか、キャーキャー言わせてやるからな。サイン欲しいなら今のうちだぞ、くそったれめ。