僕はただひたすらその時を待つ

■面接

 バイトの面接を受けに行くと、偶然ガキさんも面接に来ていた。ガキさんはすごく楽しそうに面接官と話していた。「もう、わたし、がんばっちゃいますよぉ〜」とか言ってる。この子は素晴らしいよ。どこに行っても成功するよ。明るいもの。元気だもの。僕はそう思った。僕が面接人だったら0.1秒もかからずに採用を決めるね。そしてやっぱりガキさんは採用された。「いいねえー、新垣さん、がんばっちゃってくださいよぉ〜」とか言って。一方僕はボロクソに言われた。

 「君はさ、ちょっと陰気なんだよね。募集要項は見たの? なんて書いてあった? 元気で明るい人来たれって書いてあったと思うんだけどね。君はさ、はっきり言って、応募する資格すらないんだよね。最初から論外だからさ。世の中で必要とされる人間っていうのは、元気で明るい人間なんだよね。小学校で習ったでしょ? 『元気な子供、明るい子供』っていうような標語があったでしょ。それさえあれば世の中なんとかなるんだよね。逆に言えば、それがなかったらやっていけないの。本当に元気で明るい必要なんてないよ。でもそれならそれで、そういう演技ができなきゃだめだよ。話にならない。みんなやってることだよ。君はそれすらできないんだ。面接だってのにずっともじもじしてる。覇気がない。どうしようもないね。これは君のためを思って言うんだけど、さっさと死んだほうがいいんじゃないかな。新垣さんの100分の1ほどの価値もないよ君は。君を採用するくらいだったら、ゴキブリを採用するね、私は。あいつらは明るくないにしても、元気だけはあるからね」

 夢の中の僕は、ろくでもない人間だったけど、少なくとも現実の僕よりはだいぶましだった。ちゃんと面接にこぎつけている。現実の僕は、面接も受けずにただ毎日リカニーばっかりしてる。

■手相

 昼、所用で新宿に出かけた。新宿駅前を歩いていたら、スーツを着た怪しげな男に話しかけられた。30くらいでやせていて眼鏡をかけている。オウム信者っぽい感じだ。「わたくし手相の勉強をしているものなんですが、ちょっと手相を見させてもらえませんか。お時間は取らせません。もちろん無料です」

 僕は手相なんて見てもらったことないし、タダだし、面白そうだったので手相を見てもらうことにした。雑踏の中、僕とその男は向き合って立つ。男は僕の手をとる。僕は少しだけ照れる。ちょっとシャイすぎる。

 「おや! これは素晴らしい手相ですね。この、ここがMの字になってますでしょう。わかりますか? これはね、優秀な手相のパターンの一つなんです。あなたの手相は、優秀です。うーむ、これはなんと。この線は、芸術的な何かを感じさせますね。あなたはもしかして役者さんですか? 芸術に関係したことをやっておられませんか。あなたは、なにかを創造する才能に恵まれているようですよ。では、将来の夢などは? ああ、なるほど、なるほど! 小説家ですか! あなたはきっと成功しますね。保証してもいい。この線を見るに、あなたの創造的才能は、30代から40代にかけて爆発します。ええ、芸術は爆発です。まさにそんな感じになります。で、ところであなたはなぜ小説家になりたいとお考えで?」

 芥川賞をとって梨華ちゃんと対談したいから、それをきっかけとして結婚までこぎつけたいから、とはさすがに言えなかった。さすがに笑われるんじゃないかと。これが冗談なら笑われて結構だけれど、これはマジなんだから笑われたら頭に来る。

 「そうですか、まあ深くは追求いたしません。それで、どんな小説を読まれるのですか。え、村上春樹ですって。すいません、知りませんねえ。小説の題名などは? ノルウェイの森、ああ、知りませんねえ。ところであなたは、この線を見るに、金運のある方ですね。将来的に、すごい金持ちになりますよ。きっとあれでしょう、小説が大ヒットでもするんでしょう。いやあ、うらやましい限りです。わっはっは」

 僕はこのようにして、うらやましがられた。結局金も取られなかったし、宗教にも勧誘されなかった。信用できる男だ。僕はこの男の話を、全面的に信用することにした。僕の創造的才能は、30代から40代にかけて爆発するんだ。爆発する時は遠くない。そして僕は大金持ちになる。きっと梨華ちゃんだって振り向いてくれる。なんだろう、夢がふくらんできたな。自信がわいてきたな。就職はしないでもいいや。僕はただひたすらその時を待つ。寝ながら待つ。才能が爆発するその時を。