その34 我々はコテージに帰ってきた

 バスは暗闇の中をどんどん進んでいき、15分ほどでコテージの駐車場に到着した。その時には雨がざあざあ降っていた。ライブ会場へ向かって出発するときは雨が降っていなかったため、我々は傘を持ってきておらず、参ったな〜、参りましたね、となった。参ったにしても、いつまでもバスの中で雨宿りをするわけにもいかず、同じコテージの僕と阿久津さん(仮名)と尾藤さん(仮名)は、意を決してバスを飛び出し、どしゃぶりと言ってもいいようなすごい雨の中を走る。途中で2号車のバスとすれ違ったのだが、雨の中を必死の形相で疾走している我々を見て、驚いたような笑っているような顔をしていた。また、バスツアーとは関係ない一般車両ともすれ違ったのだが、闇の中を向こうからびしょ濡れで疾走してくる謎のおっさんたちを見て、山の落ち武者の幽霊だと思ったかもしれない。僕らのコテージは駐車場から走って2分くらいの距離にあったため、そんなには濡れなかった。足元が悪いなか、急な下り坂を走り降りたり、急な階段を早足で上ったりしたから、ときどき、「危ない、これはこけるかもしれない。こけたら大変なことになるぞ。階段で足を踏み外して後ろに倒れたら頭を打って死ぬかもしれない」と思ったが、結局は誰もこけなかったのでよかった。

 鍵を開けてコテージの中に入る。不快だった雨の音が急に快い音になる。我々3人は「雨すごかったですね」などと言い合いながら、畳み敷きの居間に腰を落ちつける。そして、特にするべきことはなかった。もう食事(すきやき)はライブ前に済ませたので、風呂に入る以外にはすることがない。風呂は後でいいや、今はとりあえずビールを飲もう。ビールが飲みたい。そう思って、ライブの前に売店で買っておいたビールのロング缶を取り出し、阿久津さんと飲みはじめる。尾藤さんは酒を飲まないらしかった。遅れてコテージに戻ってきた志村さん(仮名)と出口さん(仮名)は、どうだったか。志村さんは1杯だけ飲み、出口さんは飲まなかったような気がする。僕と阿久津さんだけが酒飲みらしく、2人だけどんどん飲んだ。同室の5名は、寝そべったり壁によりかかったり等、おのおのリラックスした格好で、おのおの好きな物を飲みながら、さきほどの梨華ちゃんの七夕スペシャルライブの感想を言い合った。
 最前列の席を引き当てた志村さんを僕は羨ましげな目で見ながら、「最前列はどうでしたか」と尋ねた。志村さんは幸せそうに感想を語った。4列目くらいの僕の席から、志村さんの後ろ姿が見えていたのだが、ライブ中の志村さんは実際、一般的なヲタがするような定型的な動きはとくにしていなかったけれども、楽しそうに体を上下左右に動かしていた。
 ビールを飲んでちょっと酔ってきた僕は、「梨華ちゃん古参のヲタばかり相手にしていて、我々のような1人で来ている者や新参者にはちょっと冷たいところがありますよね」という愚痴めいたことを言った。「でも梨華ちゃんはきっとシャイなだけなんです。簡単には人にココロを開かないんです。僕は梨華ちゃんのそういうところが好きなんです」と付け足すと、梨華ちゃん握手の時にいつも浮かべている不安そうな表情が思い出されてきた。僕はそれを押し流そうとするかのように、ビールを喉に流し込んだ。