朝〜大学


 色んな夢を見ましたが、起きた時にはすべて忘れていました。歯を磨いてからこたつに入ってお茶を飲み、煙草を吸い、5分間ほど目をつむって宇宙の果てについて考えました。ひととおり宇宙の果てについて考えたあと、三四郎を手にとって続きを読みました。難しい漢字が多くてなかなか読み進めることができませんでした。読めない漢字にぶつかると、最初のうちは辞書を引きましたけど、だんだん面倒くさくなってきて、途中からわからない漢字は飛ばして読みました。


 お昼ごはんを食べながらラジオを聴きました。タクシー会社の偉い人が出演していて、実にハキハキと業務内容について話していました。僕は、こんな立派な人間になれるんだろうか、と思いました。社会に出たら、こんなふうな角ばった喋り方をしなければならないのだろうか。僕にできるだろうか。きっとできない。僕は5秒に1回くらいセリフを噛むんじゃないか。5秒に1回噛むという理由でクビにされるんじゃないか。「あなたは以前勤めていた会社でクビになったという話ですが、どうしてですか。何かやらかしたんですか」「はい。5秒に1回セリフを噛んでいたからです。なんど注意されても、どうしても5秒に1回は必ず噛むんです。せめて6秒に一度にしろと上司に言われて、演劇部風の発声練習などもしたのですが、どうしても5秒に1回の壁は破れませんでした」


 午後3時、つむじのあたりがかゆかったし、体があぶらぎっていて気持ち悪かったので、シャワーを浴びました。風呂場には鏡があるんですが、そこに映った僕の姿は、それはひどいものでした。顔のところどころが髭で青黒くなっていて、目の下はどんよりと黒ずんでおり、歯は黄ばんでいて、乳毛が好き放題に生えていて、肋骨はこれみよがしに浮き出ていました。へそからは、得体の知れない小さな物体が顔をのぞかせていました。僕はそれら鏡に映った汚らしいすべてを無いものとして処理し、機械的に頭を洗い、体をなでたりこすったりし、湯船には入らず風呂場を出ました。


 午後4時30分ごろ、大学へ行く準備をしました。なんだかやたら暖かかったので、どんな服を着ようかすごく迷いました。結局は夜に寒くなったら我慢すればいいや、ということになり、わりと薄着の感じにしました。


 大学へ向かう電車にゆられているとき、しまった!と思いました。うたばんの予約録画を設定するのを忘れていたんです。梨華ちゃんの娘としての最後のうたばんなのに、なんということだろう!家を出る寸前まで服のことで悩み考えていたから、こんなことになってしまった。暑いとか寒いとか、そんなこと、梨華ちゃんを録画することに比べたら果てしなくどうでもいいことじゃないか。


 僕はやけくその気持ちになりました。ものすごく不愉快そうな表情を、大学につくまで、ずっと保っていました。わざと眉間にしわを寄せたり、周りに聴こえるように舌打ちをしたりしました。やりきれなかったので、授業の始まる時間になっても教室に入らず、喫煙所で煙草をふかしていました。


 10分遅れて教室に入って、着席すると、それにタイミングを合わせたかのように教授が言いました。「深く知り合ってもいない女の人に、恋焦がれて、最終的に自殺してしまうようなのは、ロマンス、ロマンティシズムと言えますが、まあそういう人は、・・・変態ですね」教室のみんなはくすくすと声を押し殺して笑いました。僕もとりあえず笑いました。でも僕はまさにその変態でした。先週も僕は変態だと言われましたが、今週も変態だと言われました。きっとこの次も言われるんだと思うと、少し鬱になりました。


 午後7時半、授業が終わって、僕は家に電話をかけました。母親が出ました。「6ちゃんねるを今から録画してくれないかな?」「ええ?あたしビデオとかよくわかんないよ」「お母さんなら、できるよ。自分を信じて。ビデオテープを細長い穴にさしこんで、赤くて丸いボタンを押すだけだから」「そうかしら、わたしでもできるのかしら。わかったわ、やってみる」「それでこそ我が母。ポジティブだよ!それを忘れてはいけないんだからね!」「さしこんだわ!穴に!」「そう、その調子!さあ、赤いボタンをプッシュして!」「赤いボタンね・・・ポチっとな。きゃあ!押せたわ!これでいいのね?」「やった!お母さん、やればできるじゃないか。おめでとう。そしてありがとう。6ちゃんだからね、それは大丈夫?」「6ちゃん。たしかに6ちゃんよ!6ちゃんは得意なのわたし」「お母さん、6ちゃんが得意という意味はよくわからないけど、とにかくありがとう。このご恩は一生忘れません」「じゃあ、老後のことは頼んだわ」「まかせといて!たとえお母さんのおっぱいがダルンダルンになっていてもめげずに介護するよ!」