ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

一切合切あなたにあげる

 ハロ☆プロ パーティ〜!を観に行く。前橋は遠かった。駅につくと、ark君とyou君の姿が見えたけど、あえて声をかけずに改札を出た。前髪をととのえながら、二人に発見されるのを待つ。そしたらいきなり誰かの手が僕の両目にかぶさってきた。「だーれだ?」というかわいらしい声。「もう、梨華ちゃんでしょ、やめてよ!」と言うべきだったんだろうけど、僕のテンションはそこまで高くなかった。「わ〜、なんだなんだ」と言いつつふりかえると、赤耳のyou君がいた。にやにやしている。そして変な髪形をしている。七三分けになっている。「なにその髪型、変なの」とか言ってその髪型をいじっていたら、ark君がやってきたので駅を出る。

 おなかがすいていたので、ごはんを食べることにする。デパートの最上階に行ってレストランに入る。ark君からチケットを受けとる。代金を払う。チケットに印刷された梨華ちゃんが僕の心をとらえる。僕は直径2センチほどの梨華ちゃんの顔をしばらく見つめる。梨華ちゃんはどんなサイズになっても変わらずかわいい。がまん汁が出る少し手前あたりで、梨華ちゃんを見つめるのをやめる。チケットは財布にしまう。何秒くらい梨華ちゃんを見つめたらがまん汁が出てくるかはだいたいわかる。80秒をすぎたら、まず間違いない。午後6時20分。僕は朝から何も食べてなかったので、ここでがっつり食べようと考えた。ラーメンビビンバ餃子セットを頼む。ark君は食べてきたらしくて、「おまいらちゃんと食べてこいよな」とか言いながらコーヒーを注文した。you君は広島名物の尾道ラーメンを頼んだ。食べ物が来るまでのあいだ、しばし歓談する。僕が、バイトに応募してもしばしば落とされるんだと言ったら、驚かれる。バイトなんてものは滅多に落とされたりしないものらしい。僕は応募すればまず落ちる。採用される自信があるのは、年末年始の郵便局くらいだ。つまり僕は、働きたくても働けないわけである。社会が僕を受け入れてくれないわけなんだ。僕に非はない。ニートとか言って罵られても困ってしまう。そうこうしていたらラーメンセットが運ばれてきた。遅いお昼ごはん。ラーメンおいしい。餃子もおいしい。しかしとりわけうまかったのはビビンバ丼だった。群馬の奇跡と呼びたくなるほどおいしかった。僕は量にも味にも満足して、ほくほく顔で店を出た。タクシーに乗って群馬県民会館に向かう。ブーン。到着。

 ペットボトルが持ち込み禁止らしいので、持ち込むつもりだった爽健美茶を入る前に飲む。飲み干す。そして、7時ちょうどぐらいに会館に入る。なんだかしょぼいところで、かびくさくて、こんなところに梨華ちゃんがいるなんて信じられない。でもとにかく奥のほうへ進んでいった。頭の悪そうな黒服にチケットを切ってもらう。ああ、このくらいの仕事なら僕にもできるんじゃないかな、と思った。でもどうかな、次から次に人がきたら、テンパってしまってうまく千切れないかもしれない。やっぱりだめだ。そのあと、かばんの中をまさぐられた。僕は全く信用されてない。あなたは、僕のことを疑っているんですか。僕はテロリストじゃないし、強姦魔でもないぞ。むしろ僕はお前の方こそ信用できない。何を考えているやらわからない。係員なのをいいことに、梨華ちゃんと話したり、梨華ちゃんの腰に手を回したり、してるんじゃないか。下着を盗んだり。なんで潔癖な僕が、お前のような下着ドロに検査されなきゃならないの。おかしいよそんなの。でも僕はやっぱり気弱な男だから、そういう主張はできなかった。ただされるがままだった。僕の純潔なかばんは、その下着ドロによって非常に完全に犯されてしまった。その関所を抜けると、壁際のところにグッズ売り場があった。僕はそこで梨華ちゃんのグッズを買おうかなと思ったんだけど、店番が5人くらいいて、客が一人もいなかったから、かなりためらわれた。僕ひとりで5人の人間に立ち向かうのは厳しいものがある。ヲタ5人対人間5人だったら、なんとか戦えるのだが。僕ひとりじゃだめだ。僕の心は嘲笑というナイフでめった刺しにされるだろう。僕は恐れをなして逃げ出した。そして、ついに僕は会場のぶあつい扉の前に立った。この中に入れば、梨華ちゃんに会えるんだ。僕は緊張した。取り乱した。「ふっちさん、大丈夫ですか、終わったらこのへんに集合で」といわれたが、その言葉の意味はよくわからなかった。宇宙語みたいに聞こえた。僕はとにかく、深呼吸して気をおちつかせた。そうして中に入ったわけだが、僕の席は2階なのに、なぜか1階に出た。階段のある場所がわからない。僕は3回くらいトイレに迷い込み、5回くらい不幸の深淵に出くわし、7回くらい絶望のメタファーとしての首狩り族に出会って、とうとう2階席へのとびらを発見した。

 僕の席は最前列だった。目の前には手すりがあって、いつでも飛び降りることができる。僕は、梨華ちゃんに会えるということで、ほとんどパニックに陥っていたので、いつ手すりを乗り越えてもおかしくなかった。僕は手すりをじっと見つめながら、自分の中のパニックと格闘していた。すると突然あたりが真っ暗になったので、僕は死んでしまったのかと思った。手すりを乗り越えて落ちて死んだのかと。でも死んでなかった。舞台がパっと明るくなり、梨華ちゃんではない誰かが出てきた。しばらくすると、僕にとって100%の女の子が出てきた。石川梨華ちゃん。会いたかったよ、梨華ちゃん!と心の中で叫ぶ。双眼鏡を覗くと、梨華ちゃんはすぐ目の前にいるように思えた。この手すりからジャンプすれば、梨華ちゃんのところに飛んでいけるんじゃないかと思った。でも、飛んでいったあと、梨華ちゃんになんて言えばいいのかわからなかったし、ヲタに袋叩きにされるのが怖かったので、飛んでいくのはやめた。そしてそもそも、僕には飛ぶことなんてできない。ただ、精液を飛ばすことはできる。だけどそれも梨華ちゃんのところへは届かず、1階の客席の気持ち悪いヲタの上にボタッと落ちるだけのことだろう。そうか、ペットボトルがあれば、と僕は思った。ペットボトルの中に精液を入れて、それを思い切りぶん投げれば、届くかもしれない。そういうことか。そういう事態をおそれて、ペットボトルを持ち込み禁止にしたのか。なるほどね。さすが農協だ。革命のことはよくご存知のようで。

 一切合切あなたにあげる、と梨華ちゃんは言う。かわいらしい声で。キュートな笑顔で。胸の谷間を見せながら。梨華ちゃんはかわいい。100%どころじゃない。僕にとって梨華ちゃんは150万%の女の子だ。梨華ちゃんを見ていると、眼球が破裂してしまいそうになる。梨華ちゃんの声を聴いていると、鼓膜が派手にやぶれて中耳から緑色の汁が出てくる。しまいには僕の脳みそは熱く煮えたぎって、細胞膜が溶けて、そこから原形質が流れ出る。僕は何も考えられなくなる。僕の舌は梨華ちゃんを求めて口の中から飛び出そうとする。しかし僕の舌はしっかりとノドに根を下ろしているために梨華ちゃんのところへはいけない。僕の舌は唇のあいだから首を突き出して情熱的に切なげにくねくね動く。僕のちんこは悶々としている。脳みそは沸騰しているので、金玉が脳のかわりとなって物事を考える。すべては距離の問題にすぎないように思える。梨華ちゃんとの距離が縮まりさえすれば、僕のちんこは梨華ちゃんのまんこにぴったり納まるのだ。簡単な話なんだ。でも僕は今その距離を縮めることはできない。金の亡者の警備員がいる。正義の味方面したキモヲタがいる。ちんこを伸ばすこともできない。僕のちんこは如意棒とは違う。梨華ちゃんを取り寄せることもできない。とりよせバッグはまだ発明されていない。僕はどれだけ考えても、その簡単な問題を解決することができない。

 梨華ちゃんとごってぃんが歩いて出てきて、世間話みたいなことをした。みんな、梨華ちゃんトークは寒いって言うけど、僕はぜんぜんそう思わない。むしろ暖かい。梨華ちゃんと一緒にいたら、どんなに寒い冬が来たって、きっと春のように暖かいんだ。暖房いらずだね。梨華ちゃんと一緒に暮らしたら、冬の電気代はかなり安くすむだろうね。二人は、「母の日だからお母さんに感謝をしましょう」と言う。梨華ちゃんは、「毎朝起こしてくれてありがとう、お母さん」と言った。毎日、遅刻しないでお仕事に行けるのは、お母さんのおかげです。ねえ梨華ちゃん、僕が梨華ちゃんのこと起こしてあげるよ。お母さんには朝ゆっくり寝かせてあげてほしい。ねえだからさ、梨華ちゃんの携帯の番号を教えてほしいんだ。別に梨華ちゃんは何も話さなくていいんだよ。着信音で目が覚めたら、ただちに電話を切ってくれればいい。僕のことは何も考えなくていい。僕はただ、梨華ちゃんのために何かをしてあげたいだけなんだ。梨華ちゃんに愛されようとか、そんなこと少しも考えていないんだよ。

 ライブがそろそろ終わろうとするとき、僕は泣きべそをかいていた。梨華ちゃんを見ていたら涙が出てきた。おかしな話だと思った。別に梨華ちゃんは卒業するわけでもない。今日が何か特別な記念日というわけでもない。明日世界が破滅してしまうわけでもない。なんで僕は泣いてるんだろう。僕は求不得苦という仏教用語を思い出した。なんだ、意外にも単純な話だった。僕が泣いているのは、梨華ちゃんを求めて、梨華ちゃんを得られないからだった。だけど、それがわかったところで苦しみが消えることもない。ただ涙を流すしかなかった。最後、手を握って歩きたいという歌が歌われる。僕はそれを聴いて、梨華ちゃんを見つめて、かなり感きわまった。この子の為なら、何を失ってもかまわないと思った。この子の為なら、僕の一生が台無しになったってかまわない。むしろ、梨華ちゃんへの愛を証明するために、自分で自分を台無しにしてやったっていい。僕は自分の体を切り刻んで血みどろになり、梨華ちゃんの前にその姿をさらすんだ。梨華ちゃん、ねえ見てよ。僕はこれだけ梨華ちゃんのことを愛しているんだよ。

 そうやって感極まっているうちに、梨華ちゃんは僕らに向けて手を右に左に振りはじめた。梨華ちゃんは僕の前からいなくなろうとしている。僕は何か決定的な言葉を探す。梨華ちゃんをこの場に留まらせるような力強い魅力的な言葉を。でもそんなのはどこにも見当たらない。僕にはセンスがない。才能がない。魅力がない。僕の力では梨華ちゃんを引き止めることができない。社会の歯車を止めることはできない。梨華ちゃんはしっかりとそこに組み込まれている。決められたやり方で手を振り、決められたやり方で退場していく。僕は梨華ちゃんに、それでも最後の言葉を投げる。ペットボトルは投げない。言の葉を投げる。それが春の風に乗って梨華ちゃんのもとに届くことを祈って。梨華ちゃん、今日のお昼ごはんはね、ラーメンビビンバ餃子セットだったんだよ。とくにビビンバがおいしかった。おなかいっぱいたべて、少し幸せになれた。ねえ梨華ちゃんは、何食べたのかな。それで少しでも幸せになれていたら、いいんだけどな。梨華ちゃんは特に僕のほうを見ることもなく、軽やかに歩いて闇の中に消えていった。僕は悲しかった。どれだけ楽しいコンサートでも、最後は必ず悲しくなる。照明がついて、ヲタの姿がくっきり見えるようになった。ヲタの人たちはとても幸福そうに見える。最高、最高、と連呼している。そう、確かに最高だった。だけどそれは梨華ちゃんがいたからだ。今は梨華ちゃんがいないんだ。それなのにどうして最高なのかぜんぜん理解できない。僕は今はっきり言って最低の気分だよ。深い海の底をあてもなくさまよっているような気分だ。息苦しくて、体が重い。そこらじゅうに深海魚が泳いでいる。グロテスクだ。

 僕はグッズ売り場に行く。今度は店番の数よりヲタの数の方が多い。ひるむ必要はない。梨華ちゃんの写真を3セット購入することにした。僕は並んでいるあいだ、どうやって注文するべきか考えていた。テーブルに並べられている見本を指差して、これを下さいと言うか。それとも、ジェスチャー抜きで、石川の写真セット3つくださいと言うか。僕は結局、後者の方法を選んだ。梨華ちゃんを指差して「これ」扱いするのは良くないように思えたからだ。僕は少し恥ずかしかったけど、ちゃんと梨華ちゃんの名前を声に出して注文した。僕は合計12枚の梨華ちゃんを受け取り、かばんの中にいれて、県民会館を出た。それにしても、梨華ちゃんはこの会館でおしっことかしたんだろうか。梨華ちゃんがその陰唇的なものをこの建物のどこかでさらけ出したと思うと、親近感のようなものを感じる。僕は寂しかったし、梨華ちゃんにもっと親近したかった。要するに出待ちがしたい。合流したyou君とark君に、「ねえ出待ちしようよ」と持ちかけたけど、あっさり断られた。ひとりで出待ちをする度胸はなかったので、結局待たなかった。

 僕ら3人は居酒屋を探しながら歩いた。僕の足腰は、ずっと座っていたにもかかわらず、ガクガクしていた。まるでリカニーを終えたあとみたいに、下半身に力が入らない。もしかして射精したんだろうかと思って股間をまさぐる。少し湿っていたが、射精はしていないようだ。僕は股間を刺激しないようにゆっくり歩く。僕の頭の中は梨華ちゃんとりかりんと梨華さんで埋め尽くされていて、それぞれの梨華ちゃんがそれぞれのやり方で僕を誘惑し苦しめていた。誘惑はするんだけど、どの梨華ちゃんも決してやらせてはくれない。一切合切あなたにあげるなんてうそっぱちなんだ。胸は谷間しか見せない。パンツは見せパンしか見せない。心は第一の扉すら開かない。いや、わずかに開くが、ドアチェーンは決して外さない。僕は玄関先であしらわれる。門前払い。僕はどうしようもない気分で、泣くしかないような気分で夜の前橋を歩いていく。さびれた町だった。でも今の僕の気分にぴったりマッチするような町だった。シャレじゃないよ。

 ラーメン屋っぽいところに入り、酒を飲む。僕の心は梨華ちゃんに奪われてしまって、まだその大部分は戻ってきておらず、はっきりいってうわの空だった。ただぼんやりしていた。ark君とyou君が何か話していたけど、やはり宇宙語みたいに聞こえた。結婚の話。リアルな話。僕にとっては、そういうリアルな物自体が、リアルではないように感じられる。宇宙のかなたで起こる出来事のように感じる。そして僕らは終電を逃す。誰もどこにも帰れない。籠原まで行って、漫喫に泊まることにする。青森の行きの寝台列車があって、僕はそれにすごく惹かれた。結局は乗らなかったけど。僕はそれに乗るべきだったのかもしれない。

 漫喫に入ると、僕は梨華ちゃんの写真をトイレに持っていって、リカニーをした。がまん汁が次から次に湧き出てきて、パンツはびしょびしょになっていた。がまん汁を止めるには抜くしかなかったし、殺人や何かに発展しそうな熱情を冷ますには抜くしかなかったし、あふれでる涙を止めるには抜くしかなかった。ズボンをおろし、今日会場で買った梨華ちゃんの写真を膝の上にのせて、それを見ながらしこしこする。小便をしにトイレに入ってくる人がいて、そのたびに緊張してなえる。それでも僕はがんばってしこしこする。僕は籠原という切ない町で切なく射精する。梨華ちゃん好き、好き、好き、という僕の叫びは、建物のまばらなこの町でよく響く。籠原のすみずみまで僕の気持ちが浸透していく。しかしこの町に梨華ちゃんはいない。加護ちゃんもいない。それでも僕の精子はそんなこと思いもよらない。ただ梨華ちゃんのところへ行けるんだと信じて僕の中から出てくる。僕は想像以上の量が出てくるので受け止めきれなかった。右手の中のティッシュから液体があふれて僕のももの上に垂れた。液体はもも毛にからまって絶望の表情を見せていた。ねえここはどこなの。この寒くて汚い、居心地の悪い場所はいったいどこなの。ねえ僕は、梨華ちゃんのところへ行けるって聞いていたんだけれど。僕はこのわけのわからないところで死んでしまうの。死にたくないよ。いやだよ。梨華ちゃんはいったいどこにいるの?

 朝、通勤ラッシュの始まる前の電車に乗って大宮に帰る。ark君は仕事がある。you君は大学がある。僕には何もない。家について、もう一度リカニーをする。最高に幸せだけど、最高にみじめな気分だ。僕はベッドに入って梨華ちゃんの写真をながめる。30分くらい飽きずにながめる。それから写真を胸にぴったり押しつけて目を閉じる。僕の心臓はどきどきしている。僕の心臓が、ひと鼓動ごとに一回り大きくなるような気がする。おそらく死ぬまで、巨大化を続けるのだろう。