山田君は悪くない

シャボン玉

シャボン玉

 「本気で好きだって言ったじゃん!」と梨華ちゃん
 僕は梨華ちゃんをちらっと見たあと、山田君に言う。
 「たぶん山田君は悪くないと思うんだけどなあ、でも、うーんと、それについてちょっとばかり考えさせて。えーっとね、3秒くらい考えるから。一休さんみたいにさ」
 「どんな事だってするよ!」と梨華ちゃん
 僕は携帯をタタミに伏せて、両の人さし指をこめかみに突きたてる。
 「ピ、ポ、ポ、チーン。・・・じゃあ死んでみろよ、いますぐに」
 そう梨華ちゃんに吐き捨てると僕は一休さんをやめて、携帯をひろいあげ、山田君との会話を再開させる。
 「おまたせ、考えたよ、僕はさ、そいつが謝るべきだと思うんだ。山田君は悪くないんだ、そうさ、ちっともね。罪のあるのはそいつだよ。いま、一休さんみたいになって、知恵を働かせてようく考えた結果、そうでたね。チーンってね。音がしたんだ」
 「・・・悪いとこがあったら教えて? ねえ? ねえ?」と梨華ちゃんの震える声。
 僕は声の音程をわざとらしく高くあげて、山田君に言う。
 「あれ? おかしいな、電波がちょっと悪いのかな。きこえないな。そっちはこっちの声、きこえる? あれ、へんだな、おかしいなあ! へんだなあ!」
 携帯の下の部分を手のひらで強くおさえて、梨華ちゃんの顔を見つめる。
 「悪いところだって? たくさんあるよ。僕の気持ちをぜんぜん知ろうとしないところ、僕の言うことを聞こうとしないところ、そして自分のしたいことばかり主張するところ。でもどうせ、なおすつもりなんてないんだろ」
 梨華ちゃんの瞳は悲しみの色をたたえ、くちびるはへの字に曲がる。それからすぐに目が見開かれ、二重は完全な奥ぶたえになり、くちびるはほぼ限界まで真横にのびる。僕はその表情のうつりかわりをつぶさに眺めたあと、畳のみどりいろの部分を指でなぞりながら山田君にしゃべりかける。
 「あ、ごめんね、もう大丈夫だよ。聞こえるわ。アンテナ、バリ3になってるし。大丈夫だよね? そっちは聞こえる? あーあー、聞こえますかー。ただいまマイクのテスト中。あーあー」
 「なによ! 人が真剣に話してるのに、電源切ってよ」と激怒する梨華ちゃん
 僕は真剣に話している梨華ちゃんが面白くなってきた。そして同時に愛おしくも。僕はいますぐ電話をきるべきだと思った。じゃないと梨華ちゃんが本気で怒り出してしまう。最悪なぐられるかもしれない。フラれるかもしれない。殺されるかもしれない。だけど切らない。切りたくない。僕はどういうわけか、この状況が楽しくてたまらない。
 「私の気持ち知ってて口説いたんでしょ?」
 梨華ちゃんは正座をしたまま器用に近づいてくる。その動きはかなり滑稽で、おもわずふきだしそうになった。しかし笑ったら殴られそうな気がしたので我慢した。
 「ただいまマイクのテスト中、きこえますかあー」
 梨華ちゃんは僕のひざに梨華ちゃんのひざをくっつけた。梨華ちゃんのひざこぞうは冷たくて、硬かった。梨華ちゃんの体にも硬い部分があるんだ、と思ってすこし驚いた。
 「そうよね? 好きなのよね?」
 梨華ちゃんは僕の目の前に顔をつきだす。僕はマイクのテストをしながら、しみじみとその顔を眺める。とてもきれいだ。黒い肌を少しでも白くみせようとがんばった化粧。その努力の結晶がここにある。ひじょうにキュートだ。キスをしたい。顔をべろべろなめて、その化粧をすべて僕の中にとりいれていきたい。僕のちからで、僕の舌の力で、梨華ちゃんをすっぴんに戻してやるぞ。
 「テスト、テスト、テステステステス、テスト中。ららら〜らラブソング。あれこれ、誰の曲だっけ。なんかこんな感じの曲、知らない? らららら〜らラブソング、あーちくしょう、気になるなあ、けっこう好きなんだよね、この曲。キーが高くてカラオケで歌いにくいけど。まあいいや。とにかく山田君よ、お前はそいつに謝る必要なんかないからな」
 そして言ってあげるんだ。化粧なんかしなくても、充分にきれいだよって。
 「そう、ギュっとして!」
 梨華ちゃんは両腕を水平にまっすぐ長く伸ばし、さけぶ。手のゆびはピンと反りかえっている。あかく充血した目からは涙がひと粒すべりおちる。梨華ちゃんの目は、僕をじっと見つめている。その目は、澄んだ色の液体と、しろい部分と、黒い部分と、血液の赤い線から成りたっていた。
 「抱きしめてよおおおおおおお!」
 僕はふたたび一休さんになることを山田君に告げると、携帯の電源を切って放りなげる。何かが割れる音がした。でもそんなのは気にしない。すべての物はいつかこわれるんだ。僕は梨華ちゃんをギュっと抱きしめて、抱きしめる。梨華ちゃんは哀しみとも喜びともつかない不安定な声をだした。こわれかけのレディオから出てくるような声だった。僕はそれをこわさないように慎重にこころの中へと沈めた。ふるえる梨華ちゃんをギュっと抱きしめながら、僕はささやく。梨華ちゃん、信じてほしい、僕は君のことが本気で大好きだよ、だからもう泣かないで。