ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

野球をやっていればよかったなあ

 酒が飲みたい。恐ろしいくらい酒が欲しい。コンビニに買いに行こうかなと思うけど、コンビニの店員が怖すぎる。店員は絶対に僕のことを気持ち悪いやつだと思うにちがいない。いやだな、そんな目で見られるのは。ああ、ビールが飲みたいよ梨華ちゃん。酔わないとやってらんないな。だって梨華ちゃんプロ野球オールスタースポーツフェスに出るっていうんだから。なんで出るんだろう。そんなのに出なくていいのに。野球選手たちが、梨華ちゃんに群がっていくのが目に見えるようだよ。不愉快きわまりないじゃないか。あいつらは絶対、「俺は野球選手だから、当然いい女とやる資格がある」と思っているんだ。梨華ちゃんのことだって、最近テレビ出てなくて、落ち目みたいだから、俺がもらってやる、くらいの気持ちで見ているに決まっている。不愉快きわまる! 野球選手なんか大嫌いだ。きっとセックスだって乱暴、力任せのものだよ。そんなの許せない。かと言って、体のたくましさに似合わず、エッチのときはやたら優しい手つき腰つきであるとか、それはそれでなぜか腹がたつ。野球選手だけには梨華ちゃんを取られたくない。いやらしい目つきでも見られたくない。あいつらの顔はじつにいやらしい。どいつもこいつも、試合が終わったら気持ちいいことしたい、という思いが顔に張りついている。僕にはそれがありありと見える。ぜんぜん爽やかじゃないね。特に高橋よしのぶ、あのいんちき戦士だけは絶対にやっつけたい。返り討ちには合うかもしれないけど、「俺はお前をやっつけたいと思って、それを実行にうつそうとした」という事実を、あいつの顔に貼り付けてやれればいいんだ。死んでもかまわない。大事なのは成し遂げることではなくて、それに向かっていく意志や心持ちだと僕は思ってる。ろくでもない僕の人生のなかで幸せだと思えることは、ただ一つ、高橋よしのぶに梨華ちゃんを嫁にされずにすんだということだけだ。といっても僕は、野球選手だけじゃなくて、サッカー選手も嫌だ。ダンサーもいやだし、ピアニストも、ギタリストもいやだし、ジャニーズもいや、評論家も俳優も、小説家も弁護士もなんでもかんでも全部いやすぎる。ぜんいん破滅して死ねばいいと思ってるのかもしれない。僕以外の男はぜんぶいなくなればいいんだ。めんどくさいから、この際、女も梨華ちゃんだけでいいな。二人ぼっちの世界でさ、生きていきたいよ。アダムとイブ子。けれども僕がアダムになるのは人類にたいして甚だ失礼なのではないか。僕のような最低の糞野郎が、人類の種をまく人間の始めのものであってよろしいのだろうか。大丈夫だ。梨華ちゃんのイブ子っぷりといったら甚だしいのだから。僕の汚さなんてきっと全て可憐な美しさに変えちゃうんだろう。でも梨華ちゃんはスポーツのできる人が好きみたいなことを言ってたから、梨華ちゃんのほうからも、野球選手を好意のこもった目で見つめるのかもしれない。いやだな。僕もそんな目で見つめて欲しいけど。僕のことを見るときは、怯えた目か、表情のない目か、どっちかだったな。ディナーショーでは、そうだったんだよ。あの目を思い出したら、悲しくて切なくて、息がしにくくなってきたぞ。酒が飲みたいなあ。きっと息がしやすくなるだろう。ああ、梨華ちゃん。さみしいよ。好きだよ。だーい好きなんだよ。「梨華しちゃいました!」の人なんかよりも100億倍好きだよ。あんな、「なまあし」がどうとか言ってるキモかわいい奴には負けやしないよ。あいつのお母さんはデベソに決まってるよ。ねえりかりん、いっしょの布団で眠りたいな。何にもしないから。ずっと梨華ちゃんの方を向いたまま寝るかもしれないけど、それはたまたまだから。梨華ちゃんの匂いをかいでしまうのは、不可避的なものだよ。いい匂いなんだろうなあ。くんくん。ああ梨華ちゃん。好きすぎる! スポーツをやっていればよかったなあ僕も。野球やってれば、スポーツフェスに出られたかもしれない。そして梨華ちゃんと知り合ったかもしれない。そして付き合って結婚したかもしれない。子供が3人できたかもしれない。千葉県に庭の広い一軒家を買って幸せに暮らしたかもしれない。子供とキャッチボールをして、子供が「お父さんみたいな野球選手になりたい! それで、お母さんみたいに美人のお嫁さんをもらうんだ!」と言って、「ははは、翔太、おまえは夢が大きいな、がんばれよ」と僕が言って、梨華ちゃんはそれを縁側に座ってかわいらしく微笑みながら見ていたかもしれない。そんなのって最高の幸せじゃないか。どうして僕は小学生から野球を始めなかったのか。どうしてファミコンばっかりやっていたのか。がんばれゴエモンが好きだったんだけど。超やりまくってたんだけど。もっと他にがんばることがあっただろう。とんだ馬鹿だよ。ゴエモンなんかどうだっていいだろ。そうそう、当時うちに友達が遊びに来てね、その子は野球少年なんですけど、ファミスタで対決したんですよ。そしたら僕が圧勝して、その野球少年が言うには、「ふっちは、実際の野球はへたなくせに、ゲームになると強いんだな」と。僕はそのとき強い屈辱を感じたんだけど、そこで奮起するべきだったな、今考えると。「畜生、俺だってやればできるんだ、ゲームだけじゃないぞ」って言って、リトルリーグに入って、一生懸命練習して、そいつより上手くなって見返してやり、プロに入ってオールスタースポフェスに出場して、梨華ちゃんと知り合って、お互い好きになって、色んなところを楽しくデートして、横浜の光りかがやく観覧車にのって頂点にたっしたときにチューをして、それから結婚して、初夜を迎えて僕が言うには「いよいよ僕たちは結ばれるんだね」「ああ、わたし、嬉しい、ふっち君が大好きよ」「僕も梨華ちゃんのことが大好きだよ。夢みたいだ。だけどこれは夢じゃないんだね」「そうよ夢じゃないし、わたしは偶像なんかじゃないの。ほら、心臓がどきどきしてるでしょう」「本当だ。そして梨華ちゃんの、やわらかい」……そして子供ができて、一姫二太郎梨華ちゃんの希望どおりに3人できて、千葉に広い庭がついた家を買って翔太とキャッチボールをするべきだったんだ。しかし僕は屈辱をなめたあと、それをバネにすることはなく、ただそのまま沈み込んでいった。ひたすら深く。そしていま僕は、果てしなく深い穴の底に寝そべっている。太陽の光はまったく届かない。自分の手足も見ることができない。絶望的に暗黒である。まっくろくろすけの足音が、さざ波のように聞こえる。彼らは僕の体のうえを、倒木を乗りこえるようにして歩いていく。だけれどこのまま終わりたくないと僕は思う。梨華ちゃんをあんな奴らに取られたくない。野球選手にならなくたって、千葉に家を買うことはできる。僕は長いあいだ動かさなかった体を、少しだけ動かしてみる。そのとき僕は、金属のきしむような音を聞いた。