その28 プレゼントをゲットしやがれ大抽選会

 会場が明るくなり、これで終わりかと思いきや、楽しげなミュージックがなり始め、94名のファンたちは何事かと周りをキョロキョロと見回した。そしたら梨華ちゃんが普通に舞台袖から出てきた。さっき「今日はこれで梨華ちゃんに会うのは最後かな」と思って手を振ったのに、またすぐに会えたのでビックリしたが、サプライズ的な何かはあるんじゃないかと頭のどこかで思っていたので、そこまでビックリはしなかった。僕のアタマはけっこう冷静に梨華ちゃんの再登場を受け入れていた。しかしココロはどきどきしていた。「再登場した梨華ちゃんもかわいいなあ。何でこんなにかわいいんだろう。僕は今までの人生で、梨華ちゃんのことをかわいいって何回思ったんだろう。1億回は下らないのではないか」と思った。

 再登場した1億回かわいい梨華ちゃんは、「今日は七夕なので、ライブの後にみんなで天の川を観にいこうと思っていたのだが、あいにくの曇り空で星空が見えないため、その代わりと言っては何だが、急きょプレゼントコーナーを設けることになった」という趣旨のことを言った。その名は「プレゼントをゲットしやがれ大抽選会」だった。僕はこのサプライズを喜ぶべきか残念がるべきか迷い、答えが出ないまま、「やったー」みたいな感じの拍手をした。拍手しながら、七夕の日に梨華ちゃんと天の川を観に行くなんてとても素敵でロマンチックだな、まるで彦星と織姫じゃないか、と思った。でも、梨華ちゃんと一緒に過ごす時間が素敵でロマンチックであればあるほど、ココロは切なくなるような気がした。これからジャンケン大会*1をして、上位に勝ち残った人間が、すごい賞品を手に入れることができるらしかった。一番すごい賞品は、梨華ちゃんの声で起こしてくれる直筆サイン入り目覚まし時計だった。この場で梨華ちゃんが勝者のリクエストに応じて声を吹き込んでくれるらしく、僕はその賞品をとてもすごい賞品だと思った。ローレックスの腕時計の一番高いやつよりすごいし、麻布十番の高級マンションの角部屋よりすごいと思った。僕はそのすごい目覚まし時計が、喉から手が出るほど欲しかったが、そんなすごいもので毎日目を覚ましていたら、頭がおかしくなってしまうんじゃないかと不安になった。朝になるたびに、目覚まし時計から「ふちりん、朝だよ、起きて! 起きないとチューしちゃうぞ! あと……好きだよ!」という梨華ちゃんの声が出てきて目を覚ますことを想像するだけで、頭がおかしくなりそうになるのだから、実際にそんな毎朝を送ることになったら、頭がおかしくなることはほぼ間違いのないところだ、と考えた。僕がジャンケン大会で優勝したら、「ふちりん、朝だよ、起きて! 起きないとチューしちゃうぞ! あと……好きだよ!」というメッセージを入れてもらおう、と思ったが、その際には、おそらく僕が舞台に上がり、93人のファンたちの前で梨華ちゃんと会話しなければいけないことに思い当たった。

 僕には梨華ちゃんファンの友だちがいない。かろうじて、今回同室になった人たちと、知り合いと言えなくもない関係になったくらいだ。この状態で舞台に上がったら、会場の空気は変な感じになるにちがいない。誰だよこいつ、みたいな感じになったらどうしよう。グループで来ている人が多いし、各々のグループ間の仲もけっこう良さそうで、バスツアー参加者は一枚岩みたいな感じになっているから、僕は白い目で見られるかもしれない。グループで来ている人とか、有名ヲタの人とかは、優勝して舞台に上がったら客席も盛り上がるだろう。「なんだよお前かよー! なに優勝してんだよー! でもおめでとう!」みたいな愛憎入り混じった陽気な野次が飛ぶことだろう。それは想像に難くない。ある種のイベントではよく見る光景だ。しかし僕が優勝したとしたらどうだろう。僕と仲の良い人はここに誰もいないから、誰も野次を飛ばさないのではないだろうか。「え? 誰?」という沈黙に満たされるのではないだろうか。そして会場にはきわめて気まずい雰囲気が充満し、梨華ちゃんも困っちゃうんじゃないだろうか。でも梨華ちゃんは優しくしてくれるんじゃないかな。なにしろ梨華ちゃんは優しいから。しかし、会場のファンたちは、僕と知り合いでないからこそ、逆に優しくしてくれるかもしれない。初対面の人に会ったら誰でも最初は礼儀正しくふるまうものだ。たとえ相手が年下でも敬語から始めるし、失礼なことは言わないよう気をつけるものだ。そうだったらいいなあ。でも不安だなあ。優勝したいけど、優勝したくないなあ。
 僕はそう思いながら、梨華ちゃんを見つめ、ジャンケン大会の説明を聞いていた。

*1:抽選会の予定だったが、ファンから多数決を取って、ジャンケン大会に変更になった。