その33 コテージに向かってバスが走る

 3台あるうちの1台のバスに乗り込み、窓際の自分の席に座る。となりの席の阿久津さん(仮名)は、僕より先に着席していた。
 「ジャンケン大会、3回連続で1回戦負けしました」と阿久津さんに報告したところ、ややウケだった。僕は事実を告げただけだし、最初からややウケを狙っていたので、ややウケだったからと言って特にしょんぼりすることはなかった。添乗員のリカさんが、みなさんお疲れ様でした、というねぎらいの言葉を我々にかける。
 添乗員の人はたまたま名前が梨華ちゃんと被っていたため、みんなに「リカちゃ〜ん!」と呼ばれて親しまれていた。このことはバスツアー日記の最初の方にも書いたけど、念のため記しておく。

 バスが発進すると、前方上部にあるモニターに梨華ちゃんが映し出され、「みなさーん! ライブは楽しんでもらえましたか?」というようなことを言った。ヲタはみんな揃って元気よく「はーい!」、とは答えなかったと思う。決して楽しくなかったわけではない。もうみんな大人なのだ。大人というか、おっさんなのだ。若かったあの頃とは違う。モニターの中からの呼びかけに対して元気よく返事をしたりはしない。多くの人がモニターを見つめながら微笑を浮かべていた。「この後は、みんなで宴会したりすると思うんですけど、明日は朝早いから飲みすぎないでくださいね!」みたいなことを梨華ちゃんは言った。ヲタは微笑を浮かべながらモニターを見るだけで、「はーい! 気をつけまーす!」と元気よく返事をする者は一人もいなかった。決して梨華ちゃんの話を聞いていないわけではない。梨華ちゃんのことが嫌いなわけでもない。むしろきっと世界で一番好きなくらいだろう。ただ、もうみんな大人なのだ。大人というか、おっさんなのだ。おっさんなりの愛し方、というところにおそらくみんな到達しつつある。みんなの微かな笑みの中には、喜び、悲しみ、諦観、希望、などの色々なものが詰まっているのだ。僕は、モニターの中から我々に語りかける梨華ちゃんを、微笑を浮かべながら、ただ見つめる。心の中で、梨華ちゃん、と呟く。しかし返事はない。梨華ちゃんはモニターの中で楽しそうに喋りつづける。僕は微笑をつづける。バスは夜の山道を、我々が泊まるコテージに向かって走っていく。そして、そのコテージのどこにも梨華ちゃんはいない。