卒業セレモニー


 会場内が、一面タンポポ色に染まった。僕はなんかめんどくさかったし、サイリウムを買う金も無かったので、何もせずにただぼんやりとその光景を眺めていた。でも、僕の心の中にはきれいなタンポポの花がつねに咲いているので、サイリウムをかかげなくてもあまり問題はないと思う。


 飯田さんがフランスのルイ何世とかの時代のお姫様が着そうな馬鹿でかいドレスを着て現れた。僕のすぐ後ろの人が、飯田さんのファンらしくて、「かーおり、かーおり」と叫んでいた。飯田さんが客席に広がるタンポポ畑を見て感動の涙を流すと、うしろの飯田さんファンの人の「かーおり、かーおり」という声が、だんだん弱まり、とぎれとぎれになり、さらには裏声ぎみになった。泣いているのだ。声が裏返りながらも、必死に叫んでいる。僕は感動した。世の中に、まだこれほど純な人間が存在するという事実に。その優しさと思いやり、強い想いに。こういうものが、愛というものなのかもしれない。
 僕ははたして梨華ちゃんのために声を裏返しながら叫べるだろうか。たぶん無理だ。純にはほど遠いな。僕は、本当には梨華ちゃんを愛していないのかもしれない。


 娘。メンバーひとりひとりが一列に並び、順々に飯田さんにお別れのメッセージを贈った。最初はれいな。梨華ちゃんは後ろから2番目に並んでいた。双眼鏡で梨華ちゃんの表情を見た。泣きそうになっていた。梨華ちゃんが泣きそうになっていたので、僕もそれに連動して泣きそうになった。僕らはきっと見えない何かで結合されているんだ。だから連動してしまうんだ。ひょっとしたら、何百回というリカニーの結果として、僕らはつながってしまったのかも知れないね。


 梨華ちゃんの番が来て、梨華ちゃんが飯田さんに別れの言葉を贈った。梨華ちゃんは泣かなかった。飯田さんとは、年上にもかかわらず「かおたん」と呼ぶくらい仲が良くて、思い出もたくさんあるに違いないのに、泣かなかった。相手が相手だし、梨華ちゃんはわんわん泣くだろうと予想していたんだけど、すっかり外れた。大人だな、と思った。涙を流すことは美しいけど、本当に人を励ますものは、きっと笑顔なんだ。僕は涙を期待していた自分が恥ずかしくなった。梨華ちゃんが飯田さんに見せた、涙をこらえながらの笑顔は、この上もなく美しかった。僕も梨華ちゃんと連動して笑ったけれど、梨華ちゃんほど美しくは笑えていなかったと思う。梨華ちゃんが卒業する時には、僕は泣かずに、笑顔でおめでとうって言ってあげたい。そんな、大人で美しい人間になれるように、僕は一生懸命いろんなことを頑張ろうと思いました。