働かざるもの食うべからず。

 ということで、昨晩から断食をはじめた。今日の朝、パンが焼けたわよと言われたが、寝たふりをした。太陽が南中に達する前に起きて、ラジオ英会話を聴いた。それから居間に行くと、皿があり、パンの上にティッシュがかけられていた。僕はティッシュを捨てて、ラップをかけ、冷蔵庫にしまった。部屋に戻り、ニルヴァーナというバンドのCDを聴く。図書館に行くと手当たりしだいにCDを借りるのだが、その中にニルヴァーナが含まれていた。聴いてみるとこれがすごく素敵。とくにレイプ・ミーが気に入った。梨華ちゃんのポスターと対面し、ひたすらレイプ・ミーを聴いた。どうか僕を犯してくれないか。どうしてやってくれないんだ。めちゃくちゃにしてくれよ。と語りかけるが、梨華ちゃんはただ笑っている。太陽がビルの谷間に没しようというころ、レイプ・ミーを止めて、リカニーをはじめた。梨華ちゃんは淡いだいだい色に染まって、悩ましげに見えた。なんだかすごく映画みたいだ。梨華ちゃんが好きだ。そして早漏だった。雪玉みたいな紙玉を手に、蹌踉としてトイレに向かった。喉がかわいたので、コーヒーをつくった。働かざるもの食うべからずとは言うが、飲むべからずとは誰も言ってない。だから飲むのはかまわないはずだ。僕は水分をとりながら、しかし食べることはせず、ゆるやかに死んでいくのだ。だけど、ウィダインゼリーとか、そういうゼリー系はどうなのだろうか。食べものか、飲みものか。微妙なところだ。ただ僕は卑怯なことはしたくないので、ゼリー系は食物とみなすことにした。

 コーヒーを飲みながら、残りの人生について考えた。水だけだとどのくらい生きるんだろう。調べてみたら、死ぬまでに3ヵ月くらいはかかるらしい。思ったより生きるみたいだ。だけど3ヵ月たったら、「ぜんぶ無し」になるのか。けっきょく、死ぬというのはそういうことだ。僕は思った、「冗談はよせよ」と。それじゃあ、今までがんばって勉強してきたのは何なの。大学6年通ったことはどうなるの。完全な徒労じゃないか。ピアノだって両手で弾けるようになったのに、無に帰するなんてひどい。そんなのは嫌だ。積み上げたものぶっこわしたくない。誇れるほどには積み上げちゃいないけど、それでも。梨華ちゃんはまだ結婚してない。できちゃってもいない。それどころか処女じゃないか。どうして死ぬ必要がある。諦めるのはまだ早い。このまま積み上げていったら、届くかもしれない。千番に一番の兼ね合いってくらい難しいだろう。しかし、望みが断たれているわけではない。少しだけど、希望はある。人は三十にして立つという。僕はまだ立ってもいない。ろくに歩けもしないうちから人生に見切りをつけるなんて、そんなのは馬鹿だ。死ぬな。さあ生きろ。梨華ちゃんを一番思いやれるのは誰だ? お前だ。梨華ちゃんを一番幸せにしてやれるのは誰だ? お前だ。僕はコーヒーをぐいっと飲み干し、景気付けにおなかを鳴らした。チェロの音色にそっくりだった。