ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋しているおじさんの記録

初夏

 野原を歩いていたら死んだはずのロッキーがあらわれて僕にお手と言った。僕は言われたとおりにお手をした。ロッキーは僕の手にかみついた。薬指を食いちぎって飲み込んだ。痛いと思ったが、薬ゆびはすぐに生えてきた。ロッキーは言った。俺はお前のせいで予定より早く死んでしまった。どうしてくれる? 僕はとりあえずあやまった。ごめんなさい。ロッキーは言った。いまさらあやまってもおそいんだよ。俺はもう死んじゃったんだから。じゃあどうすればいいのかなと僕は言った。ロッキーは憐れみの目を僕に向けた。何も言わない。しばらくするとむこうを向いて歩き出した。僕は走って追いかけたが、ロッキーに追いつくことができない。どうしてだろう。ロッキーは歩いているのに。すると死んだはずのタツオおじさんが現れた。僕がこんにちはと挨拶すると、いきなり殴りかかってきた。僕はそれを間一髪よけた。おじさんは赤い顔をして「よけるな」と怒鳴った。僕は言うとおりにした。おじさんの拳は頬骨のあたりに命中した。僕の目玉は飛び出したが、ヨーヨーみたいに戻ってきて元の位置におさまった。おじさんは言った。お前はどうして魚をきれいに食べられないんだ。いつもぐちゃぐちゃじゃないか。僕は言った。ごめんなさい。これからはきれいに食べます。おじさんは言った。お前は今そう言ってるだけで、実行はしないだろう。お前はいつも口ばっかりだ。その場しのぎの男だ。僕は返す言葉もなくその場に突っ立っていた。おじさんはあきれて向こうにいってしまった。追いかけようとは思わなかった。だってどうせ追いつかないんだ。すると魚のひらきが現れた。おそらくアジのひらきだ。彼は胸びれで僕の手をとって、軽快なステップを踏みはじめた。さあ君も一緒に。ほら、おどれば楽しくなるよ。僕はおどりはじめた。やってみると楽しくてしばらく夢中になった。ふと気が付くと魚が増えていて、僕らは大きな輪になっていた。色んな魚がいたけど、そのうちの殆どは何の魚かわからなかった。いつの間にかバニー姿の女の子が円の中心に立っていた。梨華ちゃんだった。梨華ちゃんはみんなのダンスを注意ぶかく観察している。僕はにわかに緊張しはじめた。梨華ちゃんの目が僕の姿をとらえた。でもすぐ隣に移動した。梨華ちゃんはその魚のところに歩いてきた。僕をおどりに誘ってくれた魚だ。あなたのダンス素敵ね、私と二人で踊らない?と梨華ちゃん。ええ喜んで、と魚。梨華ちゃんとアジのひらきは、手に手をとりあって輪から外れていった。梨華ちゃんはアジのひらきのとなりで楽しげにくるくる回っている。僕もおどりの輪から外れて梨華ちゃんを追いかけた。すると何か赤いものが目の前に立ちはだかった。それは太陽だった。やあこんにちはと太陽が明るく言う。君は梨華ちゃんが好きなのかい。そいつは面白い。素敵なギャグだね。君みたいな奴が梨華ちゃんを好きだなんてね。よく考えてみろ、君に何のとりえがあるか。何もないだろう。顔が悪いし性格はひねくれてる。体はたぷたぷで運動もできない。じゃあ勉強ができるかっていったらそれもだめ。なんらかの才能があるかっていったらひとつもなし。アジのひらきはおいしいからね。君はおいしくさえないだろう。人間はまずいって言うけど、君は格別ひどい味がしそうだ。なんていうか、君は身の程を知ったほうがいいんじゃないかな。もし傷ついたら申し訳ないけどさ、これは事実だから。客観的事実さ。少なくとも君が自分で思ってる事実よりは、だいぶ客観的だと思うよ。それにしても、君はかわいそうなやつだ。アジのひらきに負けるなんてね。同情するよ。きっと死にたいんじゃないかい。そうだろうね。わかるよ。僕が君だったら、間違いなく自殺してるだろうね、たぶんもっと若いうちに。苦しみは早めに終わらせた方がいいからさ。逆に君はどうしていままで生きてこられたんだろう。なんとも不思議な話だね。なあ僕が君のことを殺してやろうか。焼き殺してあげようか。僕が一歩君のほうに近づけば、君は焼け死ぬと思うんだよね。どうかな、僕は近づいてもいいかな? 僕はうなずく。太陽は歩み寄る。炎につつまれる。とても熱い。肌がじりじりと焼かれていく。太陽はさわやかな笑みをうかべて僕を見た。僕もつられて笑った。太陽は言った。その笑顔いいね、最高だよ。そうやっていつも笑っていないとだめだよ。じゃないと悲しくなるばっかりだからね。さて僕はそろそろ帰るよ。のぞみが待っているんでね。あの子はひどい寂しがり屋でさ、一定時間いじょう一人でいるとおかしくなるんだ。太陽はまわれ右をすると、火の子を散らせながら向こうへ駆けていった。僕はアジのひらきと梨華ちゃんのいる方に目を向けた。梨華ちゃんはアジのひらきを食べている。身は半分くらい無くなっている。お皿の隅っこには骨が積み上げられている。