その3 行きの車内

 バスガイドさんと、旅行会社の添乗員さんが挨拶をしました。添乗員さんの名前は「りか」というらしくて、自己紹介したときにバスの中が騒然となり、ヲタのみんなが口々に「りかちゃーん!」と叫び、添乗員さんが苦笑いしていたので笑いました。僕は梨華ちゃんに似てシャイなので、みんなのように「りかちゃーん!」と叫ぶことはなく、ただニヤニヤしていました。

 添乗員さんの挨拶が終わった後、このタイミングを逃したら後がなくなると思った僕は、勇気を奮い立たせ、隣のシートの人に「あの、今日はよろしくお願いします」と震える声で話しかけた。するとその人は存外に明るい調子で「どうもよろしくお願いします」と仰ってくれて嬉しかったです。「僕は一人で参加しているので不安なんですよ」と言ったら、その人(Aさん)は「私も一人ですよ」と答えたので、仲間だ!と思いました。
 Aさんは「バスの運転手がベテランの人みたいで、安心しました」と言った。「ああ、例の夜行バス事件を受けての発言だな」と思った僕は、「七夕に旅行に行くことを母親に告げたら、『高速バスにだけは乗らないでね!』と言われたんですよ(笑)」とオモシロ話を披露したのですが、意外とウケなかったので、「あれ? ツイッターでは結構ウケたのになあ」と思いました。
 バスが日比谷公園の脇を通ったとき、Aさんが「ここで脱原発のデモがあったらしいですね。今日はいないみたいだなあ」と言ったのでビクッとなりました。ここでいきなり原発問題の話になり、お互いの思想が全く逆であることがわかり、一触即発の雰囲気になったらどうしよう、と思い、その話には深入りしないようにしました。その点、初対面のヲタが沢山いるオフ会で、いきなり脱原発の署名を募りはじめた星野さんはすごいと思います。梨華ちゃんが被曝したら嫌だから、僕も署名しました。

 座席に置いてあったパンフレットを見ると、Aさんと僕は同じコテージに泊まることになっていました。変な人と一緒になったらイヤだなあと思っていたので安心しました。しかし、僕が最も変な人である可能性は否定できませんでした。今日と明日は、僕の変な部分をできるだけ出さないようにしよう、聖人君子みたいに振舞おう、ガチ恋系ヲタ*1っぽい雰囲気が出ないように注意しようと思いました。でもお酒が入ったら変なことを言っちゃうかもしれず、不安になったが、お酒を飲まないという選択肢は僕の中になかったため、変なことを言ってしまったらお酒のせいにすればいいや、と思いました。コラー!

 自分の席に置いてあったパンフレットを見ると、遠足のしおりみたいな感じになっていた。若かりしころを思い出し、わくわくしました。それによると八ヶ岳のコテージに着いてすぐに2ショット写真撮影となっていた。いきなり一大緊張イベントがやってくるぞ、と思って早々に不整脈になってきました。髭を剃る時間はあるだろうか。僕は髭が恐ろしく濃くて、6時間も経てばだいぶ伸びてしまうため、写真を撮る前にはできれば髭を剃りたかった。4年前の美勇伝バスツアーのときは、現地に到着してバスを降りてすぐに2ショット写真撮影となったため、髭をそる暇はなかった。なかったのだが、撮影のためにぞろぞろ並んでいるときに電気シェーバーをブイーンと言わせて堂々と髭を処理している人がいらしったので「すごい!」と思いました。僕にもあのガサツさがあったら、人生を生きるのがだいぶ楽になるような気がしますが、色々と大事なものを失ってしまうような気もするので悩みます。悩んだところでガサツな人間には絶対なれないだろうから、これは悩み損です。僕は損ばっかりしているような気がします。

 パンフレットのほかに、パスカードがあって、それをツアー中見えるようにご着用いただくようお願いされました。そのパスカードの梨華ちゃんがすごく可愛かったから、ついニヤニヤしました。隣の席のAさんに「この梨華ちゃんかわいくないですか。やばくないですか。超かわいいんですけど」と語りかけそうになったけど、先ほど変な部分を出さないようにしよう、聖人君子のように振舞おうと思ったばっかりなので思いとどまった。しかし、「この梨華ちゃんかわいくないですか」くらいのことをサラッと言う分には、別に変人ではなく、むしろ健全なヲタの姿である、と思われるので、変な部分を出さないように気をつけすぎて逆に変人になったかもしれない、と今では思います。

 パスカードの梨華ちゃんを見ながら無言でニヤついていたら、添乗員の人(りかちゃん)が皆に名札らしきものを渡しはじめました。りかちゃんから受け取って、色んな角度から慎重に調べてみたところ、それは幼稚園児がお胸に着けるような可愛らしい名札でした。梨華ちゃんの書いたウサちゃんの絵がプリントされています。それにニックネームを書くように言われました。梨華ちゃんがファンの顔と名前を一致させたいから、との由。ふちりんって書いて、その上にホイミスライムの絵を描こうと思いました。梨華ちゃんホイミスライムを知っているかどうか、それは神のみぞ知るところでした。

 添乗員の人(りかちゃん)に短冊を渡されました。七夕で梨華ちゃんに叶えてもらいたい願い事を書いてください、とのことです。梨華ちゃんに叶えてもらいたい願い事…。すぐに僕の脳裏には、生々しい欲望が渦巻いてきて、顔がポッポと赤くなるのを感じ、「そんなことガチで書いたら大変なことになるで!ドン引きやで!」と関西弁で思いました。結婚…。僕は梨華ちゃん結婚したいのだろうか。したいのは、したい。超したい。梨華ちゃんと一生、笑顔で幸せに暮らしたい。おじいちゃんとおばあちゃんになっても手を繋いでディズニーランドに行きたい。でも僕にはそんな資格はもうない。梨華ちゃんだけを一生愛します、みたいな大仰なことを宣言しまくっていたのに、その後一度、他の女性を真剣に好きになってしまったことがあるからだ。その恋が実らなかったからと言って、「やっぱり梨華ちゃんが一番好き〜。一生愛してる〜。結婚したい〜」とか言い始めるのは人間としていかがなものだろうか。いかがもクソもなく、非常に醜悪な人間である。だから僕には結婚を願う資格はないのだ。しかし、梨華ちゃんと友達になったり、2人で飲みに行くくらいのことを願うのは許されてもいいんじゃないだろうか。あくまで願いなのだし、それくらいはいいじゃんいいじゃんプップクプ〜。そう思って「梨華ちゃんと2人で飲みに行きたいです。by ふちりん」と書きそうになったけど、これはこれでちょっと重いというか、チャラいというか、他のファンの人に見られたら怒られそうというか、そんな気がしてきて、ここはユーモアを書こうと思った。ユーモアでお茶を濁そうと。梨華ちゃんも笑って、他のファンもクスリとして、僕もいい気分になって、それが一番平和的じゃないか。ユーモアあるいはギャグを書くということは決まったが、肝心のオモシロな願いごとがさっぱり浮かんでこないので困りました。梨華ちゃんに読まれると思うと、途端に足がすくんでしまったのです。

*1:アイドルに本気で恋をして精神が崩壊してしまうヲタのこと。